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第73話 見せたくない

「はい、何でしょう?」


リリスは懐から金貨入れを取り出し、ロキナの手に握らせた。


「さっき私が二階で見ていた、雪の結晶のネックレス……あれを、特注で頼んでおいて」


「えっ?お嬢様が選ばれたのですか?」


「ええ。デザインの変更点も伝えてあるわ。……夕方に、あなたが受け取りに来てちょうだい」


嘘だ。


店員になど何も伝えていない。


だが、ロキナはそれを知らない。


「え……あ、はい!かしこまりました!」


ロキナは驚きつつも、主人の命令に即座に頷く。


「急でごめんね。私は先に、馬車で戻るから」


「えっ!?お嬢様お一人でですか!?それは危険です!」


「大丈夫よ。御者もいるし、屋敷までは一本道だもの」


リリスはロキナの反論を封じるように、力強く彼女の手を握った。


その手袋越しに伝わる冷たさに、ロキナは息を呑む。


「お願い、ロキナ。……あなたにしか、頼めないの」


懇願するような、縋るような瞳。


ロキナはその視線に射抜かれ、何も言えなくなった。


「……わかりました。必ず、完璧な品を受け取ってまいります」


「ありがとう。頼りにしているわ」


リリスは一瞬だけ、本当に安堵したように微笑み、そして馬車へと乗り込んだ。


扉が閉まる。


ロキナが店へと駆け出していく姿を、窓の隙間から確認する。


これでいい。


馬車が動き出すと同時に、リリスは座席に深く沈み込んだ。


全身の力が抜け、指先が微かに震えだす。


「……はぁ……ッ」


漏れ出したのは、嗚咽に近い溜息だった。


ロキナを遠ざけたのは、特注品のためではない。


これから私が向かう場所――「家」という名の地獄に、彼女を巻き込みたくなかったからだ。


そして、これから私が演じなければならない「喜劇」を、彼女に見られたくなかったからだ。


屋敷に戻れば、父がいる。


もしかしたら、ミカレンも来ているかもしれない。


そして、あのエリナの話が出るだろう。


『実は、お前に紹介したい人がいるんだ』


『とても元気で、いい子なんだ』


『お前もきっと気に入る』


父は、無邪気にそう言うに違いない。


私の心が血を流していることになど気づきもせず、自分たちの「幸せな家族計画」に私を組み込もうとするだろう。


拒絶すれば、父は悲しむ。


泣き叫べば、私は「聞き分けのない娘」になる。


だから私は、笑わなければならない。


「おめでとうございます、お父様」


「新しいお母様とお姉様ができるなんて、嬉しいです」


そう言って、完璧な娘として祝福の言葉を述べなければならない。


たとえその言葉が、私の魂を殺す猛毒であったとしても。


ロキナがいれば、きっと私の異変に気づいてしまう。


彼女は優しすぎる。


私のために怒り、私のために泣いてくれる。


だからこそ、邪魔なのだ。


この地獄を歩くのは、私一人でいい。


私の罪が招いた因果なのだから、私が一人で飲み干すべき毒杯なのだ。


(時間は、十分にある)


屋敷に着くまでに、震えを止め、涙を乾かし、完璧な仮面を被り直す時間は。


リリスは窓の外、黄金色に輝く王都の街並みを眺めた。


その光景は、涙で滲んで、揺れていた。


これから始まるのは――


私が“主演”を務める、


温かくて、残酷で、そして誰も救われない、


家族の喜劇なのだから。

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