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第69話 妹思いの姉

「はは……本当に、君は手がかかるな」


腹の底から笑いがこみ上げてくる。


ここ数日、張り詰めていた神経が、彼女の規格外の行動によって強制的に緩められていくのを感じた。


カシリアは笑いの涙を指で拭い、呆然と立ち尽くす店員たちに顎をしゃくった。


「入れてやれ。彼女が昨日着ていたドレスの値段だけで、ここのショーケースが一つ空になる」


「か、かしこまりました!」


店員たちは弾かれたように扉を開け放ち、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます殿下!よっしゃー!」


エリナはガッツポーズを作り、律儀に一礼してから、弾丸のように店内へと飛び込んだ。


「一番きれいなネックレス見せてくださーい!お金ならあるから!」


その背中は、どんな高貴な令嬢よりも生命力に溢れていた。


カシリアは苦笑しながら店内に入り、ふとリリスのいたはずの場所を見た。


いない。


先ほどまで、翡翠のネックレスを見ていたはずの彼女の姿が、影も形もない。


「……先ほど一緒に来た貴族の方は?」


近くの店員に問う。


「は、はい。二階のブレスレットをご覧になると仰って、階段の方へ……」


二階か。


カシリアは階段の方へ視線を向けた。


逃げたのか?


いや、あの誇り高い彼女が、ただの騒ぎを理由に逃げ出すとは思えない。


(……さっきまで、あのネックレスを気に入っていたはずだが)


まあいい。


後で合流すればいいだろう。


今は、この嵐のような少女を見届けるのが先だ。


そう思い、カシリアが歩き出そうとした時。


「な、なにこれ!?高すぎるでしょ!!」


素っ頓狂な悲鳴が、店内に響き渡った。


振り返ると、エリナがショーケースに張り付き、眼球が飛び出しそうなほど目を見開いていた。


そこは、まだこの店の中では比較的安価な、エントリーモデルの商品が並ぶエリアだ。


にもかかわらず、彼女にとっては世界の終わりのような価格設定らしい。


「うそ……ゼロが……多い……」


エリナは震える手で、腰に下げていた汚れた布袋を取り出した。


ジャラジャラと、重たげな音がする。


彼女はそれをカウンターの上に逆さにし、中身をぶちまけた。


大量の銅貨、いくつかの銀貨、そして、一枚だけ混じる金貨。


「10……20……30……40……50……60……73……うぅ……」


指折り数える声が、次第に小さく、弱々しくなっていく。


「……金貨1枚、銀貨73枚」


カシリアが総額を口にする。


「街の市場なら、豪遊できる金額だ。だが……ここでは、留め具の一つも買えないぞ」


残酷な事実を突きつける。


エリナの肩が、がっくりと落ちた。


「……どうして、そんな額しか持っていない。父親の金はどうした」


昨夜、あれほど豪語していた「パパ」の援助はどうなったのだ。


「え、えっと……」


エリナは硬貨の山をかき集め、もじもじと視線を逸らした。


「……これ、全部自分で稼いだお金なんです。騎士団の下働きとか、魔獣討伐の荷物持ちとかして……」


「……妹に、何か買ってあげたくて」


「妹?」


カシリアは眉を上げた。


彼女は私生児だと言っていた。


ならば、兄弟姉妹がいるというのは初耳だ。


「はい。……今日、父の家に行く約束なんです。でも……正直、自信なくて」


エリナは布袋を胸に抱きしめ、自嘲気味に笑った。


「向こうは大貴族の令嬢で、しかもすっごく優秀で、美人で……私みたいな、平民育ちのガサツな姉なんて、嫌われますよね」


「私生児だし、礼儀もちゃんと習ってないし……きっと、追い返されるかもですね!あはは!」


エリナは明るく笑い飛ばすが、その瞳の奥には、隠しきれない不安が揺れていた。


拒絶される恐怖。


異物として排除される予感。


それでも、彼女はこの場所に立っている。


「だから、せめて……プレゼントくらい買いたかったんですけど……」


エリナの視線が、ショーケースの中の、五金貨の値札がついたシンプルなネックレスに注がれる。


手が届かない。


彼女の全財産を叩いても、貴族の世界の「最底辺」にすら届かない。


その断絶が、カシリアにはあまりにも残酷に見えた。


だが、次の瞬間。


エリナはバッと顔を上げた。


その瞳に、不安の色はない。


あるのは、獲物を見つけた肉食獣のような輝きだった。


「――あ!」


彼女はカシリアに詰め寄り、両手を合わせた。


「殿下!お金、貸してもらえませんか!?」


「……は?」


カシリアは呆気にとられた。


王族に対して、借金の申し込み?


しかも、会って二回目の、ほぼ初対面の相手に?


「3金貨27銀貨だけでいいんです!!絶対返しますから!体で払いますから!」


「言葉を選べ。誤解を招く」


カシリアはため息をついた。


無邪気で、図々しくて、そしてどうしようもなく必死な願い。


この少女には、プライドというものがないのか。


それとも、妹への想いが、恥を上回っているのか。

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