第54話 私が犯した罪
これは、他人の話なのに。
見ず知らずの、憎むべき異母姉の話なのに。
なのに、私は――自分自身を見ている。
鏡の向こう側の、もう一人の自分を。
拳を握り締める。
爪が皮膚を裂き、血が滲む。
母を壊した子。
幸福を壊した子。
生まれるべきではなかった子。
……それは――私だ。
エリナではない。
私こそが、その元凶なのだ。
彼女を拒絶することは、私自身を拒絶することと同じだ。
彼女を断罪することは、私自身の罪を暴くことと同じだ。
逃げ場など、どこにもなかった。
「……分かりました」
私は奥歯が砕けるほど噛み締めた。
「エリナの件、追及しません」
「ありがとうございます……!」
ミカレンは泣きながら何度も床に頭を打ちつけ、血を滲ませた。
その愚かで哀れな姿を見下ろしながら、私の心は死んだように冷え切っていた。
彼女が去った後、私は石の机に崩れ落ちた。
重い。
あまりにも重い。
九歳の日から、私は贖罪のためだけに生きてきた。
完璧な公爵令嬢になれば、過去は終わると思っていた。
……でも違った。
“あの日”は、終わらない。
鎖のように、何度も何度も私を縛り付ける。
そして――父の告白。
「……リリス、すまない……すべては私の過ちだ」
泣きながら抱きしめる父。
優しい父。
それが、こんなにも痛い。
私の罪を庇い、私のために嘘をつき、そしてその嘘の代償として新しい家族を背負い込んだ父。
「……分かっています。お父様」
私は笑った。
選択肢など、最初からなかった。
翌日。
私はエリナの教室へ向かった。
「……エリナ。出てきなさい」
震える彼女。
嘲笑するクラス。
私はその異質な空間に踏み込み、高らかに宣言した。
「……頭を上げなさい」
「……あなたは、タロシア家の人間よ。貴族の礼儀を学びなさい。怠れば許さない」
沈黙。
そして――歓声。
私は何も見ず、生徒会室へ戻った。
やがて――すべては、彼女へ流れた。
名声も、注目も、愛情も。
残ったのは――嫉妬と、絶望。
……後悔?当然している。
でも、それすら――私自身の罪だった。
「……リ……」
遠くから、音が聞こえる。
それは波音のようで、誰かの悲痛な叫びのようでもある。
「……リリス!」
……誰?
呼ぶのは誰?
もう、放っておいて。
私は終わったの。
役目は済んだの。
目が、開かない。
鉛を流し込まれたように重い。
ごめんなさい……。
もう……疲れました……。
どうか……このまま……眠らせてください……。
深い闇の底へ、私は自ら沈んでいく。
そこは静かで、誰も私を責めない場所。




