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【36万PV感謝】罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~  作者: 水無瀬 霧乃
オレは、君の薬になる

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第297話 毒のバラ

昼間の甘い時間の心地よい疲労感がまだ体に残っていて、私は療養室の寝台で薄い絹の掛け布団にくるまれている。


カシリア殿下は私の隣に腰を下ろし、数枚の羊皮紙に目を通していた。


そこには、各領地の貴族たちから寄せられた、複雑に絡み合う利権の要求や抗議の言葉が綴られている。


文字の羅列を目にした瞬間、私の頭の中で今の状況がするすると紐解かれていった。


「腐敗の根を完全に絶つのは難しいですから、全員を敵に回す必要はないと思いますわ」


私の口から、静かで落ち着いた声がこぼれ落ちる。


カシリア殿下の視線が、手元の書類から私の顔へと向けられた。


「……どういうことだ、リリス」


彼の低い問いかけに対し、私は掛け布団の中で両手を組み、自分の考えをゆっくりと言葉にしていった。


「“選ばれた者”と、“選ばれなかった者”を用意するだけで十分です」


私は少しだけ身を起こし、彼の持つ書類の一点を指差した。


「表向きには、極めて正当な手続きを装います。抗議してきた貴族たちの要求をしっかりと調べ、『筋の通ったものは受け入れる』と宣言するのです」


カシリア殿下は無言で私の指先を見つめている。


「そして、一部の貴族にだけ、領地を管理する権限や特権を与えます。この時、似たような利権を複数の貴族に同時に与えることが重要です。ただし、王家から分け与える資源や枠は、わざと足りない状態にしておきます」


「表面上は彼らの要求に寄り添う姿勢を見せながら、実際は限られた資源の奪い合いを強制的に引き起こすということか」


カシリア殿下の声が、一段階低くなる。


私は静かに頷き、ほんの少しだけ口角を上げた。


「はい。あとは彼らが、自分たちの正しさを自ら証明し始めますから」


私は言葉を区切り、次なる企てを彼に伝えた。


「権限を与えるのは絶対条件ではありません。『最も成果を上げた者だけを、最終的に完全に認める』という条件を付け加えるのです」


「他者の成功が、すなわち自分の失敗になるというわけだな」


「その通りです。さらに、『他の改革担当者に重大な落ち度があった場合、その分を自分たちの加点とする』という決まりを設けます」


私の声には、一切の感情が交じっていない。


「これによって、彼らには相手の失敗を“探す理由”が生まれます。内部の相互監視はやがて告発へと変わり、最終的には相手を蹴落とすための攻撃へと、ごく自然に変わっていくのです」


カシリア殿下の瞳が、かすかに揺れた。


「……要求を退けられた側の貴族はどうするのだ」


「要求を退けられた側には、あえてこう伝えます。『再評価の機会はある。ただし、現在の担当者の成果に問題があれば』と」


私は淡々と説明を続ける。


「これで、敗者は“今の勝者を引きずり下ろす側”に回ります。外野からの絶え間ない攻撃も生まれる仕組みです」


認められた者同士は、限られた枠を巡って競争を激化させる。


認められた者と退けられた者の間では、告発と足の引っ張り合いが繰り広げられる。


そして退けられた者同士もまた、空いた席を奪い合うために水面下で争いを始める。


「こうして、三層構造の内戦状態ができあがります」


「王家は直接手を下さない。全員が“自分にとって正しい選択”をしているつもりで動いているだけ、か」


カシリア殿下が、私の考えた計略の本質を正確に言い当てた。


「ええ。それなのに、彼らはその仕組みのせいで破滅へと進んでいくのです。人間の合理性そのものが、命取りの毒になるのですから」


対立を直接作り出すのではない。


対立“せざるを得ない状況”を作り上げ、彼ら自身にその毒を飲み込ませる。


私の説明が終わると、療養室にはしんとした静寂が訪れた。


カシリア殿下は書類から手を離し、私の顔をじっと見つめている。


その瞳の奥に、明らかな戦慄の色が浮かんでいた。


「……恐ろしいな」


彼の唇から、深い感嘆を帯びた声が漏れた。


「誰一人命令などされていないのに、勝手に争い始めるのか」


彼は右手を伸ばし、私の頬にそっと触れた。


指先の温もりが、私の肌にじんわりと伝わってくる。


「君が味方ではなく敵に回ったら、どれほど恐ろしいことが起きるだろうな」


彼の言葉には、畏怖と同時に、私への強い所有欲と執着が入り混じっていた。


「私は、殿下のものですわ。殿下のためであれば、この頭脳でどのような毒でもお作りいたします」


私は彼の手に、甘えるように頬をすり寄せた。

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