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【40万PV感謝】罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~  作者: 水無瀬 霧乃
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第28話 リリスという幻想

「その日からです。リリス様が、まるで別人のように変わってしまわれたのは」


ロキナは静かに、しかし確かな重みを持って語りだした。


「まず、ご自身がそれまで侍らせていた遊び相手の従者たちを全員解雇されました。そして公爵様に、優秀な教師の手配を願い出たのです。最初は誰もが、またいつもの気まぐれだろうと高を括っていました。公爵様も、名のある教授を呼んでは癇癪を起して辞めさせるという二の舞を避けるため、最初はごく一般的な家庭教師しか雇いませんでした」


「ですが……お嬢様の本気は、私たちが想像する次元を遥かに超えていました」


ロキナの瞳が揺れた。


当時の衝撃が今も鮮明に残っているかのようだ。


「授業を一言一句漏らさず聞き入り、課題が終われば更なる難問を求め、翌日の予習まで完璧にこなす。それだけではありません。徹底した食事制限と運動をご自身に課し、瞬く間に体重を落とされました。贅肉が落ちていくにつれ、そのお姿はかつてのサリス様のように美しく研ぎ澄まされていきましたが……それは見ていて恐ろしいほどの執念でした」


「わずか一ヶ月後、家庭教師は恥じ入りながら公爵様に報告しました。『お嬢様は本来半年かけて学ぶ内容を既に修了し、ほぼ満点を取られています。私ごときが教えられることはもうありません』と。誰も信じられませんでしたが、紛れもない事実でした。あの日、お嬢様の魂がまるごと入れ替わってしまったのかと思うほどに」


ロキナはふっと遠くを見る目をした。


「その報告を聞いた日は、恐らく公爵邸にとって久しぶりの、最も幸福な日でした。公爵様の豪快な笑い声が響き、塞ぎ込んでいた奥様までもが涙を流して喜ばれました。公爵邸に、再び希望の光が差したようでした」


「その後は言うまでもありません。リリス様はあらゆる分野の権威ある教授を求め、マナー、ダンス、音楽、政治、歴史、数学……あらゆる科目を貪るように吸収していきました。朝は誰よりも早く起き、夜は誰よりも遅くまで机に向かう。食事以外の時間はすべて勉強と、奥様との会話に費やされました」


「ですが……お嬢様がご自身のために『休息』を取ることは、一日たりともありませんでした。そんな日々が毎週、毎月、そして何年も続いたのです」


ロキナは悲しげに微笑み、眠るリリスを見つめた。


「お嬢様はよく笑うようになり、誰にでも慈悲深く接するようになられました。人は今の完璧なリリス様を見て、天性の才女だと思うでしょう。ですが、私は知っています。本来のお嬢様は、堅苦しいことが嫌いで、自由を愛する怠け者な一面をお持ちだったはずなのです。それなのに、当時のスケジュールは息つく暇もなく、お茶を一杯飲む余裕すらありませんでした」


「朝6時から夜の12時まで、常に極限の集中力を維持し続ける……それは人間の限界を超えた生活です。私のような使用人でも音を上げるような日々を、まだ幼いお嬢様が何年も続けられた。これがどれほど異常なことか」


ロキナは自嘲気味に笑い、胸に手を当てた。


「それでも、お嬢様が弱音を吐くのを聞いたことは一度もありません。『疲れた』などと口にすることもなく、高熱を出して倒れた時以外、その鉄壁の笑顔を崩すことはありませんでした。まるで、感情を持たない精巧な人形のように、来る日も来る日も完璧であり続けました」


「屋敷の誰もが、昔のわがままだったお嬢様を忘れ、その変化を喜びました。誰もが幸せそうに笑い合っていました。……これはきっと、良いことなのでしょう」


「ですが……お嬢様ご自身は、本当に幸せだったのでしょうか」


その問いは、部屋の空気を重く沈ませた。


「周りに人がいなくなると、お嬢様は糸が切れたように無表情になります。いつもの暖かな微笑みとは似ても似つかぬ、生気のない、虚ろで悲しいお顔です」


「社交界デビューを果たしてからも、その本質は変わりません。どんな困難があろうとも、誰にも相談せず、ただ一人で全てを背負い込み、やせ我慢を続けておられる……」


カシリアは言葉を失っていた。


ロキナの語る過去は、王太子として過酷な教育を受けてきた自身の想像をも絶するものだった。


幼い少女が自らに課した、終わりのない苦行。


だが、その理由を悟った瞬間、カシリアの胸に冷たい何かが落ちた。


自分のわがままのせいで、母サリスは実家に帰った。


その帰路で事故に遭い、祖父母は亡くなり、母は一生癒えぬ傷を負った。


他人から見れば、それは不幸な事故だ。


運命の悪戯に過ぎない。


だが、温室で愛されて育った幼い少女にとって、それは明確な「因果」だったのだ。


――私が殺した。


私が、母様の足を奪った。


私が壊した。


私が、この家の幸せを全て粉々にした。


リリスにとって、自分自身こそが全ての災厄の根源。


だからこそ、彼女は「リリス」という人格を殺し、母が望んだ「最高傑作の貴族」という役割を演じることでしか、生きることを許されなかったのではないか。


過去の罪を雪ぐため、命を削ってまで完璧であろうとするその姿。


(……なんと、救いようのない、哀れな人だ)


「私は、メイドとして無能です。お嬢様のお心の支えになることもできず……」


ロキナが悔しげに俯くのを見て、カシリアは短く息を吐いた。


「いや……もう十分だ。話してくれて礼を言う。これからも、リリスのそばにいてやってくれ」


カシリアは複雑な思いで、ベッドに横たわるリリスを見た。


あどけない寝顔は、あまりにも無防備で儚い。


自分とリリスは、水と油ほどに違う。


リリスが孤独と苦痛を笑顔の仮面の下に隠し、人々の期待に応えるために道化を演じているのだとしたら、カシリアはその逆だ。


彼は他人の期待など意に介さず、気に入らない相手には嫌悪を隠そうともしない。


次期国王という揺るぎない地位と、三大公爵家の支持さえあれば、有象無象の貴族たちの機嫌を取る必要などないからだ。


だが、リリスは違う。


公爵家の次期当主として、貴族社会での基盤を固めることは義務だ。


生徒会長の座を争うのも、権力を掌握し、将来の布石を打つためだと思っていた。


しかし、彼女の行動は矛盾に満ちている。


誰にでも愛想よく振る舞いながら、誰とも深く関わろうとしない。


その気になれば、あの美貌と才覚で多くの信奉者を作り、強固な派閥を築けるはずなのに、彼女はそれを拒んでいるようにすら見える。


(もし野心があるなら、人脈を利用しないのは愚策だ。野心がないなら、なぜあれほど必死に会長の座に執着する?)


矛盾している。


理解できない。


「公爵令嬢リリス」という存在は、まるで水面に映る月のようだ。


美しく輝いているのに、手を伸ばして触れようとすれば、波紋となって消えてしまう。


(それに比べて……)


目の前で眠る少女は、顔色も悪く、今にも壊れそうなほど華奢で……皮肉なことに、壇上で演説していた完璧な彼女よりも、ずっと「人間」らしく見えた。


数日前に母を亡くしたばかりだというのに、大衆の前で堂々と振る舞ってみせたあの姿こそが、彼女の作り出した幻影。


現実に抗い、血を流しながら維持している、悲しい幻想だったのだ。

もし、少しでも心に残ったら、

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― 新着の感想 ―
[一言]  令嬢転生物の中では相当暗い。
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