第161話 虚飾
王宮の執務室、夜の静寂を蝋燭の揺らめきだけが照らし出していた。
カシリアは、羊皮紙に向かい、羽根ペンを走らせていた。
黒いインクが紙に染み込んでいく様は、まるで彼の心に広がる罪悪感の投影のようだ。
リリスへの手紙。
それは本来、愛を囁くものであるべきだが、今の彼にとっては、最も高度な政治的文書であり、そして最も残酷な虚構の構築作業であった。
『親愛なるリリスへ』
書き出しは、いつも通り滑らかだ。
『王都は今、ラペオ帝国のコリンダ王子の来訪により、かつてない緊張と熱狂に包まれている。だが、安心してほしい。全ては君の予見通りに進んでいる』
カシリアは一度手を止め、深いため息をついた。
予見通り。
確かに、コリンダの挑発、武力の誇示、それらはリリスがガーナー領へ発つ前に残した予測と完全に一致していた。
彼女の知性は、遠く離れた地にあってもなお、王都の政局を支配している。
だが、唯一つ、彼女のシナリオにない異物が混入していた。
エリナだ。
『コリンダ王子との模擬戦が行われた。我が国からは、君の提案通り、学生の中から代表を選出した』
ここでペン先が微かに震え、インクが小さな染みを作った。
リリスは「優秀な男子生徒」を推薦していたはずだ。
だが、実際に舞台に立ち、帝国王子を打ち負かしたのは、あの天真爛漫な異母姉だった。
これをどう説明する?
エリナの実力を認めれば、リリスは傷つくか?
それとも、自分がエリナを重用していると悟られるか?
カシリアは数秒の葛藤の末、最も安易で、そして最もリリスを侮った「嘘」を選択した。
『運命の悪戯というべきか、くじ引きのような偶然によって、あのエリナ嬢が選ばれてしまった。……心配しないでくれ。彼女は無作法ではあるが、奇跡的な運によって勝利を拾い、我が国の面目を保ってくれた』
運。
あの圧倒的な身体能力と、型破りな戦闘センスを、「運」という一言で片付けた。
そうしなければ、リリスの完璧なプライドを守れないと判断したからだ。
いや、違う。
リリスに、自分がエリナに惹かれていること、エリナの才能に魅了されていることを悟られたくなかっただけだ。
カシリアは自嘲の笑みを浮かべ、最後の一文を綴った。
『君の描いた未来図は完璧だ。……早く会いたい』




