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第160話 獣の求愛

翌朝の王家学院は、嵐の前の静けさとは異なる、異質な緊張感に包まれていた。


正門をくぐり抜けたのは、ラペオ帝国の第三王子、コリンダであった。


昨日の無様な敗北などなかったかのように、彼は悠然と廊下を歩く。


だが、その瞳に宿る光は、以前の傲慢な覇気とは質が異なっていた。


瞳は血走り、飢えた獣のような輝きを帯びている。


すれ違う生徒たちが怯えて道を空ける中、コリンダは鼻を鳴らした。


屈辱は、猛毒のように彼の内臓を焼き尽くしていた。


股間に残る鈍痛と、砂を浴びせられた屈辱的な記憶。


そして何より、あの女――エリナ・タロシアが放った、無邪気で残酷な「助言」が、脳内で反響し続けている。


『次はもっとうまく守ってね』


あれは慈悲ではない。


完全なる捕食者が、取るに足らぬ獲物へ向ける憐憫だ。


「……舐めるなよ、女」


コリンダは低く唸った。


帝国の王子たる自分が、あのような小娘に憐れまれたままで終わるはずがない。


殺すのではない。


それでは足りない。


あの無垢な笑顔を恐怖で歪ませ、その口から許しを請う言葉を吐かせ、自分の足元に這いつくばらせて初めて、この渇きは癒やされるのだ。


これは復讐であり、そして歪んだ求愛の始まりでもあった。


昼休み、中庭の芝生の上で、エリナは車座になって昼食を摂っていた。


彼女の周りには、遠巻きに様子を伺う生徒たちの視線があるが、本人は気にする様子もなくパンを齧っている。


そこへ、コリンダが影を落とした。


「おい、女」


威圧的な声に、エリナは顔を上げ、口元についたパン屑もそのままに、ぱっと笑顔を咲かせた。


「あ!王子様!体はもう大丈夫なの?」


その反応に、コリンダの頬が引きつった。


恐怖も警戒もない。


まるで昨日の決闘が、ただの遊びであったかのような態度。


コリンダは彼女の前に立ち塞がり、見下ろした。


「勘違いするな。昨日はオレが油断しただけだ。……貴様のその汚い戦法さえなければ、オレが勝っていた」


「うんうん、そうだね!油断大敵だね!」


エリナは素直に頷いた。


「……ッ」


言葉が通じない苛立ちと、それでも揺らがぬ彼女の瞳の強さに、コリンダの背筋に奇妙な熱が走る。


この女を屈服させたい。


その澄んだ瞳を濁らせ、自分だけを映す鏡に変えたい。


「逃げるなよ、エリナ。……オレは貴様を逃がさん。必ず貴様のその自信をへし折り、オレのものにしてやる」


それは宣戦布告であり、所有宣言だった。


だがエリナは、きょとんと首を傾げた。


「え?逃げないよ?また手合わせしたいなら、いつでもいいよ!」


噛み合わない会話。


しかし、コリンダはその無理解さえも、これから染め上げるための余白だと解釈し、獰猛に口角を吊り上げた。


「いいだろう。……精々、その余裕を楽しんでおくんだな」


執務室の窓からその様子を見下ろしていたカシリアは、重いため息をついた。


事態は、予想の斜め上を行く形で進行している。


リリスの描いたシナリオでは、コリンダは敗北によってメニアの武威を知り、撤退するか、あるいは敬意を払うはずだった。


だが現実は、野獣の執着心に火をつけてしまったようだ。


「……厄介なことになったな」


カシリアは眉間を揉んだ。


コリンダの執着は、明らかに政治的な駆け引きを超えている。


あれは男としての、オスとしての征服欲だ。


そして、その対象であるエリナは、あまりにも無防備すぎる。


彼女は自分が猛獣の檻の中にいることすら理解していない。


リリス。


君はこれも予見していたのか?

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