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第134話 燃え盛る儀式

突如、夜空を焦がすような轟音が広場を揺るがした。


陽動の火災現場へ人々が群がる背後で、本命の備蓄庫から巨大な火柱が立ち昇った。


乾燥しきった偽の穀物と、長年眠っていた古い木材が一気に爆ぜる。


その熱量は凄まじく、離れた場所にいるリリスの肌すらも焼くほどだった。


「あ……ああ……!」


ガロスが足を止める。


その視線の先で、彼の人生そのものである備蓄庫が、紅蓮の炎に飲み込まれていた。


彼の瞳孔が開く。


口が半開きになり、喉の奥から空気が漏れる音がする。


「私の……民の食糧が……!」


ガロスは絶叫し、炎へ向かって駆け出した。


理性などない。


あるのは、守るべきものを失う恐怖と、本能的な拒絶だけ。


彼は燃え盛る入り口へ手を伸ばし、自らの身を火中へ投じようとする。


「ダメです、ガロス卿!」


リリスの叫び声が響くより早く、彼女の目配せを受けたタロシア家の騎士たちが動いた。


「放せ!中にはまだ……まだ燃えていないものが!」


ガロスが暴れる。


大男の腕力が、今はただの錯乱した暴力となって空を切る。


騎士たちは無言で彼を取り押さえ、その腕を背後でねじ上げた。


「ぐ……っ!リリス様、命令を!彼らに放すよう命令を!」


ガロスがリリスを見る。


その目は血走り、涙と煤で汚れている。


救いを求める子供のような目。


リリスはドレスの裾を握りしめ、冷ややかな視線で見下ろした。


「……拘束しなさい」


彼女の声は低く、そして絶対的だった。


「領主を死なせるわけにはいきません。安全な場所へ運び、決して離さないように」


「な……リリス、様……?」


ガロスが絶望の色を浮かべて崩れ落ちる。


騎士たちは彼を引きずり、後方へと下がっていった。


リリスはその光景から目を逸らし、燃え盛る倉庫を直視した。


「全員、こちらへ!備蓄庫を救うのです!」


リリスは群衆に向かって叫んだ。


その指示に従い、人々はバケツリレーの列を組み直し、燃え盛る倉庫へと水を浴びせかける。


ジュウウウッ!


水が蒸発する音が虚しく響く。


火勢は衰えるどころか、夜風を吸い込んでさらに強まっていた。


中身の大半は枯れ葉と木屑だ。


一度火がつけば、燃え尽きるまで止まらない。


人々は煤まみれになりながら、必死に水を運び続ける。


「頑張れ!まだ間に合う!」


「俺たちの冬を、燃やさせるな!」


悲痛な叫び声。


リリスはその中心に立ち、自身もバケツを受け取って水を撒いた。


冷たい水が、熱された石壁に当たって弾ける。


無意味だ。


分かっている。


これは消火活動ではない。


完全なる焼失を確定させるための、時間稼ぎの儀式だ。


リリスの白い腕は泥と煤で汚れ、ドレスは見る影もない。


だが、その瞳だけは、炎を映して赤く、鋭く輝いていた。


(燃えなさい。全て)


リリスは心の中で繰り返した。


目の前で崩れ落ちる屋根。


舞い上がる火の粉。


それは、ガロス卿の善意の残骸であり、ナミスの希望の灰だ。


熱波が顔を打つたびに、罪悪感が焼印のように胸に押し付けられる。


苦しい。


息をするたびに、肺が灰で満たされるようだ。


けれど、止められない。


ここで火を消してしまえば、中身が偽物であることが露呈する。


完全に、痕跡もなく焼き尽くさなければならない。


「リリス様、もう……もう無理です!」


一人の若者が泣き叫んだ。


「水が足りない!火が強すぎる!」


リリスは彼の方を向き、毅然と言い放った。


「諦めてはいけません!最後の一滴まで、抗うのです!」

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