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第125話 全て、私の罪

廊下の突き当たり、使用人たちが住まう棟へ向けて歩みを進める。


私の靴音が、石造りの冷たい床に鋭い音を響かせている。


この館は、どこへ行っても静寂が支配していた。


華美な装飾もなければ、談笑する声もない。


ただ、清貧という名の黴の匂いと、古い木材の軋む音だけが、私の来訪を拒むように漂っている。


私は杖に体重を預け、痛む足を引きずりながら、一歩、また一歩と進んだ。


使用人から聞いた話が、脳裏に重い鉛のように沈んでいる。


『ナミス様でしたら、北棟の端のお部屋で療養されています』


『王都から戻られて以来、ずっと臥せっておられまして……熱死病とかいう、恐ろしい病だと』


熱死病。


その名を聞いた瞬間、心臓が凍りついたような錯覚を覚えた。


私は医学には疎い。


だが、その名が持つ不吉な響きと、使用人の恐怖に染まった表情が、事の深刻さを雄弁に語っていた。


ナミス。


あの冷徹で、鋼のような理性を持ち、カシリア殿下の影として完璧に振る舞っていた彼が。


私を、あの路地裏の地獄から救い出してくれた、命の恩人が。


その代償として、そこまで傷ついていたというのか。


殿下から頂いた特効薬の話は聞いた。


だが、それでもなお、彼をベッドに縛り付けるほどの後遺症が残っているのだとしたら。


それは全て、私の罪だ。


私が無力で、愚かで、誘拐などという隙を見せたから。


「……ごめんなさい」


誰にも聞こえない声で呟く。


罪悪感が胸の中で膨れ上がり、呼吸を浅くさせる。


それでも、私は彼に会わなければならない。


この腐敗しかけた領地を救うため、そして何より、彼に謝罪し、その知恵を借りるために。


北棟の最奥にある扉の前で、私は足を止めた。


粗末な木の扉だ。


ここが領主の息子の部屋だとは、誰も思うまい。


深呼吸をし、震える手でノックをする。


コン、コン。


乾いた音が静寂に吸い込まれる。


「……どなたですか?どうぞ」


中から聞こえた声は、掠れ、まるで老婆のように弱々しかった。


以前の、低く艶のあるバリトンの面影はない。


私は息を呑み、扉を開けた。


「……私、リリス・タロシアです、ナミス卿」


蝶番が錆びついた音を立てて扉が開く。


部屋の中は、昼間だというのに薄暗かった。


窓のカーテンは閉ざされ、重苦しい空気が淀んでいる。


そして、鼻を突く強烈な薬草の匂い。


消毒用のアルコールと、痛みを抑える軟膏の入り混じった、病室特有の臭気だ。


目が暗さに慣れるのを待って、私は部屋の中央にあるベッドを見た。


そこに、彼はいた。


シーツの山に埋もれるようにして、小さくなっている人影。


「リリス……様?」


彼がゆっくりと顔を向けた。


その顔を見て、私は言葉を失った。


かつて精悍だった肉体は削げ落ち、布団の上からでも分かるほどに痩せ細っていた。


包帯が巻かれた足は痛々しく固定され、微動だにしない。


これが、ナミス?


あの、完璧な補佐官の成れの果てだというのか。


「どうして……こんなところにまで」


ナミスが身を起こそうとする。


その動作一つ一つが、まるで錆びついた歯車を無理やり回すかのように重く、苦痛に満ちていた。


「動かないで!お願いだから」


私はベッドの縁に駆け寄った。


彼の肩を支えようと手を伸ばし、そのあまりの薄さに触れて、指先が強張る。


「申し訳ありません……このような、無様な姿を……お見せして」


ナミスは荒い息を吐きながら、恥じるように顔を背けた。


その瞳には、かつての冷徹な光はなく、ただ深い疲労と、己の無力さへの絶望が滲んでいた。


「謝るのは私です」


私の目から、熱いものが溢れ出した。


涙が頬を伝い、彼の手の甲に落ちる。


「私のせいで……貴方は」


言葉にならなかった。


私の軽率な行動が、彼をここまで追い込んだ。


両足の骨折、頭部の負傷、そして未知の病。


「……泣かないでください、リリス様」


「これは、私の役目でしたから。」

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