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第124話 ナミス・ガーナー

ガーナー領。


『お前が王太子の婚約者に相応しいか、その泥の中から証明してみせろ』


『できなければ、野垂れ死ね』


王の冷酷な嘲笑が、耳元で聞こえるようだった。


「……リリス様?」


ガロスの声が遠くに聞こえる。


リリスは顔を上げ、完璧な微笑みをガロスに向けた。


その笑顔は、陶器のように滑らかで、一切の亀裂を見せない。


「ご安心ください、ガロス卿。十分な支援金は、まもなく届く手はずとなっております」


彼女の声は、春の小川のように穏やかだった。


嘘だ。


喉の奥で、毒のような苦味が広がる。


だが、真実を告げればどうなるか。


この善良な老人はパニックに陥り、領民たちに不安を伝染させ、明日にも暴動が起きるかもしれない。


あるいは「陛下の意思」だと知れば、王家への不信感が芽生え、カシリア殿下の立場を危うくする。


どちらも避けねばならない。


カシリア殿下の愛も、王の冷徹な計算の前には無力だった。


この場を収めるためだけの、甘く致死的な嘘を吐く。


ガロスはリリスの言葉を疑うことなく、破顔して手を打った。


「おお!さすがはリリス様、そしてカシリア殿下!これで民たちも安眠できますな!」


「ええ。……ですから、領地の詳細な運営権を、一時的に私に預けていただけますか?資金の配分を最適化するために」


リリスはすかさず切り込んだ。


「もちろんですとも!私のような武骨者より、聡明なリリス様にお任せした方が安心です」


ガロスは二つ返事で承諾した。


彼の無防備な信頼が、今は都合が良いと同時に、リリスの良心を鋭く抉る。


リリスは一礼して執務室を後にした。


廊下に出た瞬間、笑顔が剥がれ落ち、能面のような冷たさが張り付いた。


もう、後戻りはできない。


善意だけでは誰も救えない。


「……ならば、奪うしかありませんわ」


リリスは独りごちた。


この停滞した土地から、富を、未来を、無理やりにでも搾り出す。


そのためには、ガロス卿の「善意」という名の癌を切除し、血を流す改革を行わねばならない。


綺麗なままではいられない。


泥を被り、恨まれ、それでも結果を出す。


それこそが、王太子の隣に立つために課された、血塗られた試練なのだから。


自室に戻ったリリスは、羊皮紙を広げ、震える指を抑えつけてペンを走らせた。


宛先は、父カスト・タロシア公爵。


『お父様。ガーナー領の治安維持のため、信頼できる騎士を数名、私のもとへ派遣してください』


理由は書かない。


リリスは書き終えた手紙を封蝋し、ザロに託した。


「最速で届けて。……誰にも見られないように」


ザロは短く敬礼し、影のように姿を消した。


これで「武力」の手配は済んだ。


次は「知恵」だ。


この腐敗した善意の園を焼き払い、更地にするための、冷徹な知恵が必要だ。


リリスの脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。


カシリア殿下の影。


私を救い、傷ついた騎士。


ナミス・ガーナー。

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