4話 暗闇の中で
ゆらゆらと揺れている。
暗闇の中で、水の中にいるように体が揺れていた。
身体は身動きが出来なくて、周りは暗闇で見えない。
今どうなっているのは分からなかった。
誰かの声を聴いたような気がした。
誰かの手が私の頬を撫でたような気がした。
でも微睡みのような曖昧さで意識がはっきりしない。
冷たい水に漂っているような気がする。
暖かいぬるま湯に浸かっているような心地よさがある。
微睡みに身を任せて、幸せな夢を見ているようだった。
いつまでも目が覚めないことを願って、しかし夢は覚めてしまうものだと分かっていた。
気が付くと白い遺跡のような部屋に倒れていた。
上を向いても白い天井があるばかりで穴は無い。
周囲を見ても異様に白い部屋があるばかり。
夢で見た水の中にいたような感覚は今は無く、全身も特に水に濡れているということはなかった。
何が起こったのかよく分からない。
私は森を探索している途中で、突然地面が消えて穴に落ちたはずだ。
穴に落ちて意識を失って、変な夢を見て、気が付けば白い遺跡にいる。
落ちている滞空時間からして、助かりそうにない高さだった。
死んだと思ったが、生きている。
まさかリスポーンされた?
ゲームの中に閉じ込められてから、死ぬようなことはしていない。
実際にゲームの中でモンスターに負けて死ぬと、どうなるのか知らなかった。
実際には試したり実例があるのだろうが、私はそう言った情報は手に入れていない。
私はなるべく死なないように慎重に行動していた。
このゲームはデスゲームではなくリスポーン出来る死に戻りゲームで、ゲームクリアするまで出られない仕様なのだろうか?
私は起き上がって白い遺跡のような部屋から出た。
外には緑の森が広がっていた。
白い遺跡は私がいた小さな部屋しかなかった。
森の中にポツンと建っている白い遺跡の部屋は異様だ。
周囲を調べてみても何かあるわけでもなく、白い遺跡の模様や壁を見てもこれが何か分からない。
森は先程までいた森のようだった。
どうにも意味不明な出来事が起こって、理解できなかったが生きているのは確かだ。
今の現状を理解しようと推測しても、私には無理だった。
さっさと諦めて、そういうものだと思ってしまおう。
何故突然穴が開いて落ちたのか、死んでリスポーンされたのか、白い遺跡は何なのか。
分からないことは沢山あったが、忘れることにした。
……うん、よくわからん!
先程の出来事を忘れて再び森を歩いて探索を続けると、しばらくして見覚えのある獣道と共に村の帰り道が見えた。
疲労も溜まっていたので、村に戻るとすぐに宿屋で休むことにした。
その時に顔を合わせた宿屋の主人から奇妙なことを言われた。
「お客さん、森で顔でも打ったんですか? 痣が出来てますぜ」
「ん? それは気が付かなかった。教えてくれてありがとう」
部屋に戻って置いてある水の入った洗面器で顔を覗くと、顔の頬に奇妙な印が付いていた。
「なんだこれ?」
手でこすっても印は取れることなく付いている。
印はどこかあの白い遺跡で見た壁や柱に描かれた文様に似ていた。
白い遺跡で倒れていたことと関係あるのだろうか。
私が寝ている間に何かされたのだろうか。
やけに目立つところに印を付けているのも面倒だ。
どうしようかなぁ……と考えて、今日はもう疲れたので寝ることにした。
翌日宿屋の部屋で目が覚めて、顔を洗いがてら頬の印も見たが相変わらず印は残っている。
隠した方がいいのか、消す方法を探した方がいいのか分からない。
取り敢えずマントのフードを被って誤魔化すことにした。
宿屋で食事を済ませるとさっさと村を出ていくことにする。
支払いをする際に宿屋の主人にまた声を掛けられた。
「毎度あり。お客さん昨日の痣は消えなかったのかい。痛みもないようだが大丈夫かい?」
「ああ、しかしこのまま消えないのは困るな」
「そうだねぇ、女の子の顔に痣が残るのは困るわなぁ。呪いの類ではないよなぁ? そんなモンスターはこの森にはいないはずだがなぁ」
「呪いで印が付く場合もあるのか?」
「ああ、そういう話を旅人から聞いたことがあるが、この森周辺では聞いたことは無いな」
「この森に変な遺跡やモンスターはいないのか?」
「村人や猟師がよく森に行くが、そんな話は聞いたことがないな」
「ふむ、そうか……。それでは私はもう行くよ」
「はいよ、達者でな」
情報に精通しているだろう宿屋の主人が、森に中に異様に目立つ白い遺跡を知らないと言うのは奇妙な事だった。
プレイヤーにしか見つけられない場所だったのだろうか?
リスポーン場所はプレイヤーにしか見えない?
しかし私は一度も白い遺跡には辿り着いていない。
通常のゲームだとリスポーン場所は一度行ったことのある場所か、最寄りの街ではないだろうか?
それとも私が何かフラグを立てて白い遺跡に飛ばされた?
理由はいくつか挙げられるが、どれも正解とは思えなかった。
まあ、白い遺跡がリスポーン場所なら今後もまた訪れることもあるだろう。
答えの出ない推理はあまりしたくない。
私は名探偵ではないのだ。
答えなんて何通りもあるのだから、本人が勝手に納得すればいい。
私は森を抜けて次の町へ向かった。