音忘れのジョニー
肌寒い冬の朝、ジョニーは研究家の友人に呼び出された。彼はジーパンにお気に入りのスニーカーとダウンジャケットを着て研究所に向かった。
街は朝からコーヒーの入る匂いやトーストの焼けるいい匂いを出すカフェが建ち並び、賑わっていた。
彼は研究所の前まで来ると、一応ノックをしてから足を踏み入れた。
「よう! ジョニー、来てくれてありがとう」
研究所の所長で呼び出した張本人、マイケルがコーヒー片手にニコリと笑った。
「朝っぱらから何なんだ。今日はモチを食べようと思ってたんだ」
マイケルは、まぁ座れよ、と椅子を取り出した。
「そりゃ良かった。喉につまらないからな、俺の研究は」
それから少し雑談で時間を過ごした。
「それで? 俺に何の用だ?」
ジョニーが切りだす。
「見せたいものがあるんだ」
そう言い、彼は研究所の奥の部屋へと案内した。
その奥の部屋は「Keep out!」と書かれた張り紙がしてある。
「ここにそれがあるのか?」
「そうさ」
彼は短く答え、扉を開けた。
中に踏み入れたジョニーは少し心が躍った。
もともと中学の科学部で知り合った彼らだ。ジョニーも科学にそれなりに憧れを抱いていた。
「このカプセルみたいなものは何だ?」
部屋の真ん中、入って正面には、人が立ったまま入れるほどのカプセルがあり、それから伸びるコードや様々な機械があった。
マイケルは、少し自身のありそうな顔で説明をし始めた。
「未だかつて誰も成功したことのない事だよ」
「誰も?」
「あぁそうさ、誰も、だ」
マイケルはニヤリと笑い、
「そうこれが、タイムストッパーだよ!」
「タイムストッパーだって?! なんだよそりゃ」
「この中に入った人の時間以外を止めるんだ」
マイケルは嬉しそうにカプセルを撫でる。
「つまりタイムマシンとは少し違うのか?」
「そういう事だ。何秒か止められる」
「へぇ……」
「体験したくはないかい?」
「え……?」
ジョニーは途端に真顔になり、小刻みに首を横に振った。
「嫌だよ、どうなっちまうんだ?」
マイケルは嬉しそうに、
「少し違う世界を生きるのさ」
「つまり……?」
「つまり、一瞬でも世界が止まり君だけが動けば、世界より君は一瞬だけ未来にいることになる。分かるかい?」
「あぁ、そりゃそうさ」
「君は過去を証明できるか?」
「過去?」
「そう、昔作られたものとか……」
「こんなもんなら……」
ジョニーはタブレット端末を取り出し、メッセージの履歴を見せた。今朝、昨日、一昨日、その前……
「ねぇジョニー」
「何だよ」
「その、昨日ってのは本当にあったのかな?」
「は? 何言ってんだ?」
「君は昨日を間違いなく生きた、そうだろう?」
「そうさ、昨日は良い日だったよ」
「でもそれは、記憶の中だけの話なんじゃないか?」
ジョニーには、だんだんと彼が言いたいことが分かってきた。つまり、昨日という日は存在せず、ただ記憶に昨日を生きたという事だけがある、そういう事だろうか。
「いや、でもマイケル、俺は昨日カフェで朝食を食ってる。現にレシートも残ってる。これは過去の証明だろう?」
「果たしてそれが間違いなく、必ず、昨日発行されたのか……? それはさっきここへ来る前に拾ったものじゃないのか?」
「なーに言ってんだ、そんなわけ……ない……よな……」
「ここへ来る前、昨日の日付のついたレシートを拾った。それに伴って君の脳内に、そのカフェで昨日朝食を食べたという記憶が植え込まれた、とも言える」
ジョニーはだんだん怖くなってきた。
「つまり過去は証明できない……?」
「ご名答だね。じゃあ本題へ戻ろう」
マイケルは冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
「例えば二秒止めるとする。カプセル内は二秒未来になる。逆にカプセル内から見れば僕らは二秒過去になる。未来と過去はお互い干渉することは無い」
「パラレルワールド……」
「そうだね。世界から消えるのさ」
ジョニーは、なんてものを作ったんだ、と言うマイケルに対する尊敬の感情と共に、疑問が浮かんだ。
「ところで何でこれを開発出来たんだ?」
「それはさ……」
背景がぐにゃりと曲がり、マイケルの顔がみるみる歪んでいく。
「おい! ちょっと……!」
部屋全体にけたたましくアラーム音が鳴り響いていた。
*
耳元で鳴るアラームがうるさい。原因はタブレット端末の目覚まし時計。
「はぁ、クソ眠い……」
ジョニーは、カーテンの隙間から流れ込む、朝の爽やかな日差しを見ながら、思った。
今日は音もしない静かな日だなぁ、と。




