59食目、マグロのビックリ鉄火丼
カズトが冷蔵庫から取り出したのは、ヅケにしたマグロの赤身だ。それをトレーごとワークトップに出し、取り敢えず準備しとく。
どんぶり鉢にご飯を半分程よそいヅケマグロをご飯が見えなくなるまで乗せる。もう一回同じく盛り付けをしたら〝びっくり鉄火丼〟の出来上がりだ。
普通の鉄火丼とは違い、ヅケマグロとご飯で四重構造になっており上半分食べた後に下半分のマグロが顔を出すから〝びっくり〟なのだ。これを和食料理人であった獅子之助に。
ジブリールには別の料理を出そうと考えている。生の魚なんてこちらの世界では受け入れにくいからだ。まぁそれでも肝試しとして騎士団や職人の上司が部下に食わせる事はたまにあり、勇気を持って食したところ生魚の美味しさの虜になった。
その生魚を食べた者達は例外なく、レストラン〝カズト〟のファンとなり、毎日の常連客となっている者まで出てきてる。カズトとしては嬉しい悲鳴だ。
話は戻るがジブリールに作る料理に取りかかる。
先ずは、ジャガイモの中で一番ポピュラーだと思われる男爵イモを使用する。男爵イモを空中で投げ、料理漫画のようにエクスカリバーの包丁形態であるエックスで残像が見える速度で何度か切り付けると皮と同時に六等分のくし形に切り分けられていた。
くし形の男爵イモを片栗粉に軽くまぶし余計な粉は落とす。そして、カリカリになるまで揚げる。揚がったら余分な油を落とすため網の上でしばらく置いとき、上空から塩・胡椒を適当に振り掛ければ〝フライドポテト〟の出来上がりだ。
そして、もう一品。鶏モモ肉を一口大の大きさに切り分け、カズト特製のニンニクが効いたタレに漬け込み衣を付け揚げると〝若鶏唐揚げニンニク風味〟の出来上がりだ。タレは門外不出でカズト以外には作れない。
外出する時はあらかじめ、タレに鶏モモ肉を漬け込んで置きミミに後の調理をお任せして出かけるのだ。この味を盗み出そうと、他の店からスパイが来たが、ことごとく失敗に終わっている。
出来上がった〝フライドポテト〟と〝若鶏の唐揚げニンニク風味〟を藁で編んだ籠にペーパーナプキンを敷き詰めその上から盛り付ける。そして、カズト特製のケッチャプとマヨネーズを左右半分ずつ小皿に入れる。これで、俗に言うチキンバスケットの出来上がりだ。
〝びっくり鉄火丼〟と〝チキンバスケット〟を手に獅子之助とジブリールが待つ個室へと足を踏み入れる。
個室のドアが開くと待ってましたと言わんばかりにジブリールの瞳がキラキラと輝きカズトの手に持ってる料理を凝視している。
「早く食わせろ」
とジブリールがフォークとナイフをダンダンと叩きながら五月蝿く待っていた。今にもテーブルが壊れそうだ。
「そうそう慌てずに。料理は逃げませんから。こちらをジブリールに、そちらを獅子之助さんに」
ジブリールの前には〝チキンバスケット〟が置かれ、獅子之助の前には〝びっくり鉄火丼〟が置かれた。飲み物としては、この店で一般的になっている〝生ビール〟を冷え冷えに冷えたジョッキに注ぎ提供する。
「これは良く人間共が良く口にするエールではないか?こんなものを我に飲めと申すのか?」
「そう慌てなさんな。お嬢よ、これは旨いヤツだぜ」
獅子之助は、そう言うと早速ジョッキを手に持ちグイッと一気に飲み干した。「ぷはぁ~旨めぇ」と髭に白い泡を付け、何処かのコントみたくなっている。
獅子之助の〝生ビール〟を飲む姿に感銘を受け自分も勇気を持ち一口飲む。一口飲んだ事が切欠になり、グイッグイッと獅子之助と負け時劣らずと一気に飲み干した。
「これは人間共が飲んでおるエールとは似て非なるものよ。どんな魔法を使ったのか冷えて、シュワシュワが口の中で弾けとぶ。何とも旨いものだ。至福の時とはこういう事を言うのだな。そして、お代わりを要求する」
「いやはや、この世界に来て諦めてはいたんだが………まさか、本物のビールに再会出来るとは、今日という日を嬉しく思った日はない。そして、お代わりを頼む」
バンッと飲み干したジョッキをテーブルに置き、両者同時に〝生ビール〟のお代わりを要求した。二人が満足して勤務してくれると言うなら安い投資だ。
「まさか人間共のお酒がこんなに美味だとは━━━」
「これが出せるのは、当店だけです。他の店ではけして味わえません」
カズトはそう断言してみせる。この店で出せる料理や飲み物はカズトのスキルがあってこそだ。他の店が真似しようとして真似出来るものではない。
ミミ曰くこの世界には、全てのスキルについて記されている〝スキル全集〟と全ての魔法について記されている〝魔法全集〟と呼ばれる書物があるらしい。
もし、そこに書かれてないスキルや魔法だったなら、それは………その個人しか持ってない固有スキル・魔法となり、他の者がけして真似が出来ない事になる。
カズトのスキル【異世界通販】もミミ曰く固有スキルらしい。このスキルによって、この世界にはない食材や存在するが高級食材が安く買える事が出来、他の料理人がけして真似出来ない味を作る事が出来る大半の理由だ。後の理由はカズトの腕が良いってだけだ。
「そなたの店だけだと!そんなバカな!」
「街道でも召し上がったお酒がございましたでしょう?あれも当店しか味わえません。何故なら、当店しか仕入れられないのです」
仮にカズトを脅し仕入れ先を聞き出したり、無理矢理に譲って貰う方法もあるが相手は勇者の一人だ。それは到底無理な話である。むしろ、やったなら破滅しか待っていない。




