261食目、時間を切った
「いくら速くとも、いくら距離をゼロにしようとも…………時間を止められたらどうしようもないのよ」
これが絶対的な力。これが抗いようもない力。時間は誰にも平等に流れる物だけど、それを操れる者に対しては、これ程に強力な力はないと自負出来る。
今、目の前にはピタッと静止してる剣の勇者とスサノオがいる。
「このまま転移が戻るまで待ってても良いけど」
折角なら殺してしまおう。放置していたらこれから厄介な相手になるのは確か。なにせ、我が主の弟君なのだから。
「悪く思わないでね」
カズトの方を振り向いた積もりでいた。だが、そこにはカズトの姿はなかった。ふと、考え事で一瞬目を逸らした隙にだ。
「えっ?一体何処に?」
確かにスサノオの隣にいたはずだ。
この状況で動けるはずがない。なぜなら、時間が止まっているのだから。今、動けるのは《世界》であるワタクシだけのはず。
「へぇー、時間が停止するとこんな風景になるのかぁ」
「なっ?!何故、動けてる?!」
声がする方向へ振り返り、即座に距離を剣の勇者から取った。
カズトはカズトで《世界》は眼中にないような素振りで時間が停まった世界を楽しんでいた。
「答えなさい。何故、あなたは動けるのですか?!」
「…………はぁ、もっと頭が良いと思ってたのに、バカなのか?」
「な、何ですって!」
軽く挑発しただけなのに《世界》は憤慨している。
《世界》にとって、この状態で自分以外の者が動いてる事が信じられないのだ。
「今の俺は何でも切れるのだぞ(例外はあるが)」
「まさか!時間を切ったというの!そんなの、有り得る訳……………」
「ない」と言おうとした。
距離を断ち切ったと言われた時は、ただ単に知覚出来ない程に速く移動したばかりだと話半分で聞いて答えていた。
だが、動けてる時点で真実だと、信じ難いが本当に時間を切ったと言うのか!それは神に等しき力だと理解してるのか!
「出来ちゃったものは仕方ないだろ。それに、こういう場面でしか自分の時間は切らないさ」
停まっているからこそ出来る芸当だ。時間が通常に動いてる状態で切ったら、どうなるか自分でも分からない。
「さてと……………まだやるのか?見た感じ、これが取って置きな切り札だったんだろ?」
その通りだ。
正確には違うが時間を操作する点に関しては、その通りだ。時間を停止させる他に、相手の時間を奪い老化させたり、その逆に時間を与え赤子に戻す事が出来るが、そのどちらもリスクが高過ぎる。
失敗すれば自分に同じ効果が跳ね返ってしまう闇属性の魔法や技術に多い呪いの面を持っている。
それに対して【時間停止】は、ただ時間を停止するだけなので、リスクは皆無に等しい。
「ぐっ…………こんなにやる奴とは。あの時、殺して置くべきだったかしら」
「いや、あそこで俺を殺してたら死んでたのはお前だ」
あの場所には、実姉であるカノンがいた。実の姉だからこそ性格が手に取るように分かる。
あのクズ姉は、相手の表情が絶望の底に落ちる事を見るのが好きなタイプだ。ただし、直接的でも間接的でも自分の手で落としたいタイプだ。
そこには俺も入っている(俺の場合は、出来るだけ直接的にやりたいようだけど)。
アイツのせいで家族はめちゃくちゃになったし、今の勇者の中にもクズ姉の被害者がいたりする。
もしも、姉弟ガチャという言葉があれば、大ハズレもいいとこだ。
仲間に命令して絶望へと落としたなら、まだクズ姉に間接的にと取られてるが、命令もなしに行ったなら、めっちゃ怒り心頭になる。
多分、あそこで俺を殺していたなら《世界》の命もまたなかったはずだ。
それに、ここで俺を殺してもクズ姉には筒抜けで直ぐにバレるだろう。それは即ち、ここでも俺を殺すのはタブーという事だ。
「チッ…………本当なら本気で殺りたいところだけど…………ここで大人しくしてくれない?」
「これは……………違う世界に閉じ込められた?」
風景は何ら変わらないが、何か透明な膜で周囲を覆い包まれてるような感触だ。流石に、世界までは風で切り裂けられない。
「このまま、俺をお持ち帰り出来るんじゃないか?」
「そんな殺気を漏らして冗談を言うなんて。そんな事、出来る訳ないでしょう」
俺も冗談で言った訳だが、本当にお持ち帰りになりそうだったなら、その瞬間に《世界》の息の根を止めていた。




