259食目、嵐舞
「そうですか。なら、手足を引きちぎってでもお持ち帰りしましょう」
《世界》が消えた。
「帰ったなら嬉しいけど」
『ワシの風で斬ってあるから、当分まだ帰れぬよ』
転移の詳しい原理は分からないが、今いる場所と転移する場所との間に魔力で見えない道を形成するらしく、そこの道を切断しちゃえば転移が出来なくなるらしい。
まぁ俺の嫁であるミミから聞いただけだ。
「それじゃぁ……………」
『そろそろ来るぞ』
「あんな魔族よりワタクシを下に見るなぁぁぁぁ」
死角である後頭部数m後ろから《世界》が出現し、近距離から銃を乱射してきた。
「今更当たらねぇよ」
発射された弾を全て掴み、パラパラと地面に落とした。それを見た《世界》は、更に憤慨し魔法が苦手なカズトでさえ魔力が見える程に漏れている。
「ワタクシを侮辱した事を後悔してあげる」
また目の前から消えた。が、ほんの数秒で姿を現した。
「これは…………また」
『クっカッカッカ……………数を増やせば良いってもんじゃない』
四方八方にこの空間を埋めつくさんばかりに大量の《世界》が出現したのだ。
「これは分身というやつか?」
『気配はどれも同じ。東方に伝わる忍者の秘伝に【影分身】という技術が存在する。それに似ている気がします』
某忍者漫画の主人公が使ってる得意忍術みたいだ。1人や2人までなら驚かないが、ここまで多いと圧巻してしまう。
カズトも分身みたいな技術を使う事は出来るが、ここまでの人数を出す事は出来ない。
カチャ
「これでチリにして差し上げます」
《世界》が一斉に銃口を、こっちに向けた。
確かに、ここまでの数を一斉射撃すれば肉塊を通り過ぎてチリになるかもしれない。
だが、今の俺はスサノオから【風龍王の加護】を授かってる。そんな鉛玉は効かん。
「撃てぇぇぇぇぇ」
まるで鉛玉の雨のようだ。別に避ける必要はないが、態々受ける必要もない。
スサノオの身体能力により動体視力も格段に上昇しており、弾丸速度が止まって見える。
これでは、逆に当たる方が難しい。
「スサノオ」
『あれやな』
だけど、2人は敢えて避ける素振りも受ける素振りもしない。両手を広げ2人揃って利き足を軸にし円を描くように回転し出した。
「『【嵐舞】』」
無数の風の刃が、銃弾一つ一つを切り裂くように飛び交い、ついでと言わんばかりに《世界》の分身も切り裂いては消滅させていく。
「ふぅ、これで全部か。だが、目が回った」
『クッカッカッカァ、面白い事を考えるものだ。ワシならタダぶん殴るか【龍砲】を放つしか考えつかんかった』
まぁ実際止まるようにユックリと動いて見えるのだから、ぶん殴るという名の切断で銃弾一つ一つを粉砕する事は可能だろう。
だが、それだと《世界》の本物から狙い撃ちされる可能性があった。
「なっ!数千発は放ったはずだ!」
本物は分身に紛れて隠れてたようだ。光学迷彩みたく透明になっていた姿に色が戻っていく。
「分身も全部やっつけてくれてイライラしますね」
「次はお前だ」
『早く降参するのをオススメするのぉ』
「これを見て同じ事を言えますか?」
何もない空間に右腕を突っ込み肘から先が消えた。おそらく何処かに腕から先を転移させてるのだろう。
それで取り出したのは、端の方で気絶していたはずのドンだった。襟首を持ち、顬に銃口を突きつけている。
「うっっっっ……………こ、ここは?えっ?!初代様!?い、一体何を!」
「おやっ、起きたようですね。この状況を飲み込めないのですか?」
「ドンを離せぇぇぇぇ」
この卑怯者ぉぉぉぉ
『そこまで堕ちたのか!いくら敵でも人質を取るのだけはいかん』
いくら強者でも人質を捉えられると、極端に手が出せなくなり弱くなる。それが通用しない例外は少なからず2つはある。
1つ目は、根っからの悪人から人質を取っても火に油を注ぐだけで人質諸共、死ぬ可能性。
もう1つは、人質を取った側よりも圧倒的に格上な場合に限る。
《世界》は格上だが、今限定でカズトは後者になり得る。




