SS1-86、帝国の三勇者~水蒸気の幻覚~
どうなっている?さっきの1突きで突かれた傷は幻みたく既に無くなってる。それどころか砕けたはずの氷の鎧も元に戻ってる。
でも、確かに突かれた痛みもあったし血が出てた感触もあった。
「なら、この水蒸気を吹き飛ばせば…………【扇風拳】」
拳から放たれた竜巻は、水蒸気の中を突き進むが晴れる様子が一向にない。
『フッハハハハハハハハ、無駄無駄ぁぁぁぁ。ワイに風穴にされるだけの運命しかないのだからな』
チッ、相変わらず四方八方から声が響きリザード・ロードの居場所は分かりゃしない。
「くっ!」
リザード・ロードの姿が見えないまま槍だけが姿を現し突きを繰り返す。何回も何回も氷の鎧が砕け、血が吹き出し、槍が引き抜かれた後は何も無かったかのように傷と鎧は元通りになっている。
まるで拷問だ。
ジャックも聞いた事がある。とある国で実際に行われた拷問で、回復魔法使いを用意して、致命傷になる寸前まで痛め続けた後に回復させる。
そして、また痛め続けた後にまた回復させる。これを続ける訳だ。どんな屈強な男でも最終的に吐くのだそうだ。
「このまま殺られてたまるか」
段々と目が慣れて来た。
防御が無理なら回避しかない。紙一重に槍の突きを躱しつつ、槍が来た方向へと間髪入れずに【風拳】を放ったが手応えがまるでない。
まるでリザード・ロードは、ここにいなくて…………あるのは槍の先端部分だけ。
さっきからそうだ。刺突してくる刃先だけで槍の柄も視認出来ていない。そこまで濃い水蒸気だと、俺の両腕や上半身までも見えなくてもおかしくない。
それなのにハッキリと自分の身体は全体ハッキリと視認出来ている。
シュンシュン
「本当にどうなっている?」
本当にここは、さっきまで戦っていた世界なのか?それなら移動した時に違和感を感じたはずだ。世界持ちに、こっそりと世界に移動させる事は困難だ。
「この槍を掴もうとしても」
どういう訳か掴めない。痛みで躊躇してる訳でもヌルヌルと滑っている訳でもない。理由が分からず掴めない。
掴もうとすると、あっという間に目の前から水蒸気の中に隠れてしまうのだ。
「チッ、まだか」
何回やっても無駄だ。いくら進んでも端にたどり着けない。あの時……………水蒸気が全面に覆い隠された時に何かあったのか?
リザード・ロードは、【残星】を残像や幻を作り出す技と言っていた。本当にそれだけなのか?
「くっ、ダメだ。もうどうしたら良いのか?良い考えが浮かばねぇ」
脳筋みたいな俺が、こんなに考えるなんて、頭を使う事なんて今まであったか?いや、無かったと思う。
「いくら考えてもしょうがねぇ。脳筋は脳筋らしく、ここから出たければ破壊すれば良い」
運良いのか悪いのか?それに適した技が、いくつかある。氷属性には、世界をも凍らせるという魔法が何個か存在する。その中の1つを披露する。
「せっかく【氷鎧】を着てるんだから使わなくちゃ損損ってね」
本来なら数百人の魔法使いを束ねて発動させる巨大殲滅系大魔法。
「いくぞ、【永久なる侵食する氷】」
数百人分の魔力を手の平に圧縮させ、地面につき当てた。そうすると、瞬く間に地面が氷づいた。だが、それだけではない。
水蒸気でさえも凍らせ、その中にいるジャック自身も氷始めた。
「さすが世界を凍らせる魔法だ。ここが夢・幻の中なら本当の俺は目が覚めるだろう」
そして、ジャックの視界はブラックアウトになり意識が失せた。
「うっうぅっ……………ここは」
『チッ、目が覚めたか』
「お前は!」
目が覚めたら目の前にリザード・ロードがいる。どうやら成功したようだ。水蒸気に覆われてないし、まだ【氷鎧】のままだ。
俺は、瞬時に立ち上がり警戒しながら後退する。あの水蒸気から抜け出せただけで、まだ戦いは終わってないのだから。
『おいおい、そんな警戒しなくても何もしないぜ』
「お前は魔王種なんだろ!警戒するなと言われても無理な話だ」
『ワイには、もうお前を倒す手段がない。【残星】を突破された以上、もうお手上げじゃ。じゃから、早う世界の上書きとやらをやってくれ』
槍を捨て両腕を挙げ降参の意志を示してるリザード・ロードに驚きを通り過ぎて、口を開けアングリと呆然と見るしかなかった。
「本当に良いんだな」
『あぁ速くやってくれ。そして、元の世界に戻ったらワイは直ぐに逃げる。降参で戻ったと知れたら、主に殺されてしまう』
「分かった。では、始める【氷結世界】」
目映い光に包まれた後、見渡せる大地全体が氷に覆い尽くす世界へと変貌を遂げた。そして、2人は元の世界へと戻ったのであった。




