245食目、食わず嫌いはいけない
ミルクに味見をさせながら今夜の晩餐に出す料理は完成した。握りは、マグロ(赤身・中トロ・大トロ)・サバ・サーモン、軍艦巻は、イクラ・ウニだ。
握りのネタには、それぞれ飾り包丁を入れてある。軍艦巻のイクラは醤油漬けにし、ウニはミョウバンに漬け型崩れ防止をさせる。
「お待たせ致しました。今夜ご用意致しましたのは、寿司の盛り合わせ・竹となります」
「これは…………乗ってるのは生の魚か?」
誰でも見れば、そう見える。だから、俺はウソ偽りなく答えた。
「はい、その通りでございます」
「ミルク、我々の種族が何か知っての狼藉か?」
ビクッ
「へ、陛下!その食材は全て食材の楽園にて調達したものでお作りになさいました。一度、どうかお食べ下さいませ」
「美味なのか?」
「…………はい、美味でございます」
ミルクが美味と言った瞬間、ニブル王が鋭い眼光により身体が強張った。
「いかんな。死んだ魚や肉が食卓にのぼると、どうしても不快に感じてしまう」
俺には経験ないが、戦時中の日本で日本軍が捕虜にゴボウを出したところ、「木の根」を食べさせようと誤解した事により捕虜虐待と見られ国家裁判まで発展した事件を耳にした事がある。
まぁ森精族は元々魚や肉を食べて来なかったのだから無理はない。
「どうやって食べるのか教えてくれるか?」
「はい、手掴みで醤油というタレに漬けて食べます」
実際にカズトが寿司の食べ方を演じて見せた。ネタ側に醤油をチョコンと漬けて口に放り込む。
自分で作ったものでも美味で頬が蕩けそうに笑みが止まらない。ヤバい、他国の王様の前なのに笑みが溢れてしまう。
「そんなに美味いのか?」
「ワタクシもお食べしましたが、大変に美味でした」
「我々の専属料理人であるミルクが、余にウソを付くはずがないな」
ホッと息をつく暇も与えられずに、ギロッと再び強く睨まれ、カエルがヘビに睨まれるように身体が強張る。これも【森の気】というやつか。
これがもし戦いの最中なら致命的な隙になる。勇者でも数秒動きを止められる効力を持ち、訓練された騎士なら数秒の隙を見逃さない。
「剣の勇者殿が態々毒を盛る行為はせぬか。余が直々にあたえた任務なのだから」
意を決したのか?カズトがやったように手掴みで寿司を掴み、醤油に漬け口に放り混んだ。
一応箸を用意していた。本来なら王族の者が食器を用いずに手掴みで食べるなど行儀が悪いが、郷に入れば郷に従えとあるようにカズトの国での料理作法に従った。
「これは!美味い。魚は焼くものだとばかりと思ってましたが……………これはこれで初めての感覚であるが、こう口の中で崩れるような食感……………生のままで、ここまでのものを演出するとはお見逸れ致した。寿司と言ったか?気に入った」
ミルクと同様、今にでも頬が落ちそうな程表情をしている。誰でも自分が作った料理で笑顔になるのは何時見ても嬉しい。
「うむ、こちらの赤いツブツブしたやつも口の中で弾けて何とも面白い」
「そちらは魚の卵でございます」
「なんと!これが魚の卵とな?初めて見たぞ!そして、何とも美味な」
イクラは好感触だ。日本でも魚卵は好き嫌いが分かれる食材の1つ。俺は大好物で、ドンブリにイクラを溢れる程に乗せたのは良い思い出だ。
「こちらは何だ?黄金色に輝く、この世とは思えぬ色をしてる食材は?」
「先ずは食べてみて下さい。私の世界でも人気な食材です」
パクっ
「んっ?これは実に濃厚であり、鼻を抜ける潮の香りが瞳を瞑ると海の光景が浮かぶようだ。いや、海など行った事ないというのに余は何を言ってるんだ?」
言いたい事はわかる。精錬された料理だと、たまに起こる現象。食べた者が訪れた事のない場所でも鮮明に、その食材が採れた風景が目の奥底に浮かぶという。
料理漫画みたいな話だが、カズトも実際に数回経験した事がある。料理人が行き着く先の一種の極致といえる領域の1つだ。
カズトでさえ、成功した回数は指の数で数えられる程度しかない。それだけ美味しい料理を作り続けるのは難しい。




