244食目、神樹産でお寿司
グツグツゴトゴト
一時間は経ち始めた頃、蒸気と泡が釜の蓋を数mm押し上げ心地良い音色を奏で始めた。じゅうじゅう吹いたので、燃えてる薪を退かし、匂いや蒸気の様子を見ながら藁を1掴み入れる。
「よし、後は蒸らせばフリーヘイム産の炊きたてご飯の出来上がりだ」
匂いからこのままでも十二分に美味しいが、まただ。赤子が泣いてもふた取るなとあるように予熱で蒸らしていく。
「よし出来たぞ」
十二分に蒸らしふたを取ると、白米と比べると白さには劣るがツヤとテリが輝き見事に一粒一粒立っているようである。これぞ、手間を掛けた本当の米の炊き方によるものだ。
炊飯器では、ここまでのものは出来ない。
「これを桶に入れて、シャリを作る」
フリーヘイム産の米で炊き上げたご飯を桶に入れ、ミミが配合したお酢を回し掛け、しゃもじで切るように混ぜていく。
「モグモグ、うん上出来だ」
シャリだけでも美味い。これにネタを乗せたら、なおのこともっと美味しくなるのが容易に想像出来る。
ただし、ここからが料理人の腕の見せ所、料理の聖剣エックスの刃を目一杯使いネタを、ゆっくりと切る。
今日用意したネタは次の通りである。
マグロ(赤身・中トロ・大トロ)・サバ・サーモン・イクラ・ウニ
以上が今回のネタである。また探せばあると思うが、なにせ食材の楽園は広大だ。探索には時間が掛かる。ただ魔物がいないのは助かる。
「キレイなネタだ」
マグロの身を切ってみた。
海で泳いでいる時よりも新鮮かもしれない。エックスで切ってる最中にズッシリと重く感じ、まるでクジラでも切っているような身の入り方だ。
地球では、マグロを釣り上げても直ぐには食さない。筋肉質で直ぐに冷やさないと自分の体温で火傷を起こしてしまう。それに直ぐに捌いて食べるとそこまで美味しくはない。最低でも4日間は置いて熟成させないと真価を発揮しない。
だが、フリーヘイム産のマグロは違うようだ。地面に生えてるものを採取してからほんの2時間程度でも口の中が蕩けるように美味い。
「ズケにしても良いが、これはこのまま乗せた方が良いような気がする」
シャリを握る。素人だと強く握り過ぎて良いネタでも美味しくなくなる。米一粒一粒の間に空気を含ませるように軽く、それでいて崩れないように握る。
それが難しい。シャリ炊き3年、合わせ5年、握り一生というように握りが一番難しい。前にもアリスに寿司を作った事があるが、あれよりも出来は良いと思う。
「へい、お待ち。これはマグロの赤身の握り寿司だ」
「生の魚をご飯の上に乗せただけ?」
日本人なら身近な料理だが、全く知らない人から見ると手抜きな料理に映ってしまう。だが、仮にもミルクは料理人だ。これが、ただご飯の上に魚の切り身を乗せただけだとは思わなかった。
なにせ、尊敬する料理の勇者であるカズトが作った料理だ。森精族であるため抵抗はあるが好奇心の方が勝っている。知らず知らずに手に取り口へと運んでいた。
「これは!口の中でホロッと崩れて蕩ける」
生の魚のはずなのに美味いと感じてしまう。自分も料理人の端くれだから分かる。見ただけでは分からない技術と工夫が隠されている事に。
「美味いか?」
「美味しいです。野菜や果物以外食して来なかった自分が恥ずかしくなります」
「ミルクが食べれるなら大丈夫だろ。他のも味見してみるか?」
「良いのですか?」
「良いの悪いもミルクは、ここの料理人なんだ。ミルクが了承しないと俺は料理が出せない」
「いいえ、そんな!ワタクシがカズト様の料理にケチを出すなんて!そんな恐れ多い事は」
まるで俺が神様みたいに頭を垂れる。まぁ国王や王妃の次に勇者は気軽に話せるものじゃないしな。自分自身の事なのに日本での感覚だと今だに馴れない。
「俺を助けると思って味見をしてダメなところはダメと言ってくれよ。この料理がニブル王陛下の口に入るかもしれないと思ったらどうだ?」
「それは!」
俺だったら自分が仕えてる主の口に部外者が作った料理が入ると思うだけでゾッとする。
俺がニブル王陛下自身から頼まれた任務とはいえ、本来はミルクが仕切ってる現場だ。俺が偉そうに仕切って良い場所ではない。
「…………分かりました。味見はお任せ下さい」
「それで良いんだ」
この任務が終了し、俺がここから去ったらニブル王陛下と王妃の料理は誰が作るんだ。ミルクしかいない。俺がいる内に俺の技術を盗め。
俺の作る料理の味を覚えるんだ。ミルクは相当高い【調理】技術を持ってる。恐らく1〜2回見せれば、ほぼ完璧に覚えてしまう程の能力がミルクにはある。




