226食目、夢の世界
「お母さん!」
アタシは、躊躇いなくお母さんに思っきり甘えるように抱き着いた。この温もりと匂いは間違いなく、幼い頃感じていたお母さんのものだ。
「あらあらどうしたの?サクラは甘えん坊ね」
「〜〜〜〜!!」
久し振りに味わったお母さんの手の感触。頭を撫でられ、まるで幼い頃へタイムスリップしたかのように笑みが溢れてしまう。
「だってだって、アタシ頑張ったんだよ」
「そうなのね、よしよし、いい子いい子」
「もう、アタシはもう子供じゃないよ」
「あらぁ私にとっては、何時までも子供よぉ」
久し振りに再会して、そんな事を言われては目頭が熱くなって涙が頬を伝い落ちる。いつ振りだろうか?こんなに涙が溢れるのは。
「お父さんも家で待ってるわよ」
「父さん!」
父さんまでいるのか?!頭の片隅では偽物だと理解してるが、理性が言う事を利かない。
着いて行くべきか、それとも去るべきか。だが、少なくともここは剣の勇者の世界の中。それだけは確かだ。分かってるのだ。
「着いて行けば良いじゃないか。何を遠慮する必要がある」
隠れていたのに、つい出てしまった。中々着いて行かないのが悪い。つい、お節介を焼きたくなってしまうのが、カズトの良くて悪いクセだ。
「剣の勇者カズト!」
「あらぁ、お友達?」
「えぇ、友達です」
「だ、誰が―――――」
何故か、言葉が続かなかった。文句を言おうと、口を開くが声が出ない。まるで、そこだけ空気がないような感覚だ。
「ここは、お前の生まれ故郷で母親なんだろ?なら、何も遠慮することはない。ここですごしても外の時間は進んでないからな」
「ぐっ!」
「あぁ悪い悪い。声が出なかったのだな」
カズトがパチンと指を鳴らすと、やっと声が出せるようになった。
「ここは何なの?!アタシの村は、既にないのよ。それなのに」
「戦争で無くなったのか?」
「そうよ。幼かったから国の名前までは分からないけど、違う鎧を着た兵士が戦っているのは覚えてる」
カズトのこの世界では、何でも叶う。そう、既に失われたものであっても。だが、それらは全て幻であり、その虜になると出られなくなる。
「俺が持つ世界の1つ。【夢の世界】の中でも一番楽しかった記憶や思いを具現化する【過去の思い出達】だ」
「それは、アタシの記憶を覗いたという」
「それは違う。俺は覗いてない。世界が勝手にやったことだ」
相手が、どんな記憶を持ってるのか知る術はない。まぁミミなら呆気なくやりそうだ。いつも俺の記憶を覗くように。
「ほら、話してる内にお前の家に着いたようだぞ」
「本当にあの頃の家もあるなんて」
何処にでもありそうな一軒家。4人暮らしなら多少手狭まかもしれない。母親の他に庭先に誰かいるみたいだ。
「あなた、ただいま」
「おかえり。今日は新鮮なトマトとジャガイモが取れたんだが…………そこにいるのはサクラかい?」
「父さん!」
この男性がくノ一女の父親なのか。今まで土いじりをしていたらしく、衣服や顔に土がこびり付いている。
「おや?そちらの方は」
「サクラのお友達ですって」
「何っ!サクラが友達を連れて来ただと」
「お前、友達居なかったのか?両親が驚くなんて相当な事だぞ」
「う、うるさい。良いから入るわよ」
赤面に腫らしながらも両親をかぎ分け家の中に入って行ってしまった。イジリ過ぎたか?
俺も後を追い中に入ると、薄暗く窓からの日の光からしか灯りがない。玄関から最初に入った部屋にはテーブルが1卓と椅子が4脚が並んでいるのが見える。
「粗茶ですが、どうぞ」
「お構いなく、ありがとうございます」
ここら辺で取れるお茶だろうか?味わった事ない味と鼻を抜ける香りによりホッとする気持ちになる。
ゴクン
「美味しいです。これは、この辺で取れる茶葉なのですか?」
「えぇ、クララ村の名産のクララ茶ですの」
「なに勝手に寛いでいるのよ」
「これを飲んだらどうだ?」
くノ一女は別の部屋にいたようだ。俺の隣に来ると俺と同じく母親が注いだお茶をグイッと飲み干した。
「ぷはぁ、美味しい」
「だろ?」
「って、なに自分の家みたく寛いでるって聞いてるのよ」
それは、俺の祖父母の家みたく落ち着くんだもの。お金掛けて食うフルコースよりも田舎で飲むお茶の方が何処か落ち着く。




