210食目、斧vs斧その9
「上手くいってるようだな」
最初からこうすべきだっだ。いや、思い付かなかったと言うべきか?世界は、どれもが切り札となる取って置きだ。
そうそう使用出来る代物ではない。強力な物事にはデメリットが付き物だ。
「これで集中出来る」
青の聖斧ナギの奥義を使うには、とんでもない集中力がいる。そのため相手が、よっぽど大きい隙を見せない限り使用出来ない。
だが、威力は折り紙付き。決まれば100%勝てる取って置き。いくら、無尽蔵に近い魔物を体内に宿していても一気に朽ち果てる事が出来ると自負してる。
「今は集中だ」
目を瞑り呼吸を整える。全身に行き渡る血液や空気に微量ながら魔力を感じ取るところから始まる。
「ふぅーふぅー」
集中してから、どれくらい時間が経ったのだろうか?まるで、この青空と一帯になった錯覚がある。胡桃が、今何処にいるか手に取るように分かる。
だが、まただ。まだ集中が足りない。今程度の集中では、半分もクルミの中にある魔物を倒し切れない。
「すぅーすぅー」
もっと集中を高める。集中の深度が高まる度に青の聖斧ナギが呼応するように濃い青色に輝きが増していく。
クルミが雲によって囚われていなければ、とっくに居場所は特定され殺られている。
「すぅーはぁー」
久し振りにやったが、これが集中がなせる業なのか?まるで青の聖斧ナギを身体の一部みたいに感じてきた。
今までも手足のように扱ってきたが、ほぼ無意識だ。だが、今は意識出来ており腕の延長みたく感じている。ここまでくれば、もうそろそろだろう。
「ふぅっ、ここまで集中したのは何時振りだろ?」
準備は整った。【雲隠れ】を解除すると雲が霧散し、胡桃の姿が見えるようになった。
「やっと見つけた。もう諦めたの?」
「そんな訳はない。必ずお前を止める」
ただ単に【雲隠れ】を解いたのは、更に集中するためだ。技術を使うと精神が消耗する。だから、疲れるし可能なら連発はしたくない。
「何か少し前より雰囲気変わった?」
「気のせいじゃないか?」
雰囲気が変わったと見えるのは集中してるためだろう。
「クスクス、もしかして疲れたのかしら?雲の迷路を解くなんて、バカねぇ」
「…………」
さぁ決着の時間だ。
「殺してあげるわ。赤の聖斧ルージュ【大噴火】」
「それは勘弁願いたいな。青の聖斧ナギ奥義【静かなる水面】」
ショウにはマグマは届かなかった。いや、正確には胡桃の技術が不発に終わったのである。
「なっ?!どうして!」
「奥義をぶつければ、まだ良い勝負になっただろうに」
「まだよ、まだ終わってないわ」
「いや、もう終わった。【静かなる水面】が発動した時点で勝負は決した」
そう、もう戦いは終わった。ただ胡桃が、まだ気が付いてないだけで。もうそろそろ気付く時間がやってくる。
「えっ?」
クルミの身体が、ボロっボロっと自壊し始めている。だけど、痛みや不快感は全くない。
ショウの【静かなる水面】は、例外はあるが全ての技術や魔法を無効化した上で音もなく相手を斬り伏せる。その様子から一番優しい奥義だと言わている。
その様は、まるで天に召されるように時間が経つに連れ崩れていく。誰が見ても回復・再生は出来ないと理解出来る程に。
「アタシって死ぬの?」
「あぁ死ぬ」
「はっきりと言うのね。でも、はっきりと物事言う男は好きよ」
「ババァに言われても嬉しくもない」
前勇者という事は、生きていれば最低でも80歳は余裕で超えている。
「酷いなぁ。これでも感謝してるんだよ?やっと死ねるからね」
「怖いか?」
「怖くはないわね。あっちで父さん母さんと会えると考えるだけでワクワクするのよ」
死期を悟ると、死なんか怖くなくなるのは本当の事のようだ。むしろ死を親しい友人と思えるように今の胡桃の表情は、戦っている時よりも清々しく満面な笑みを浮かばせている。
「アタシに勝ったというのに、何て顔をするのよ。そんな顔をされちゃぁ、あっちに行き辛いわぁ」
「だってぇ」
ヤバい、涙で前がろくに見えやしない。
「それでアタシに勝った男なのか?先輩からの頼みを聞いてくれるのなら、笑顔で送って欲しいのよ」
「グスっ、分かった。これで良いか」
「うん、男前の顔つきになったじゃないの。アタシに勝ったのだから、誰にも負けるんじゃないよ」
「あぁ約束する」
「もう時間のようね。殺してくれて、ありがとう」
もう残りは顔半分のみとなった。もう満足だ。最後に素晴らしい戦いが出来たのだから。もう心残りはない。
「ここは?」
「ここは、地獄の途中にある狭間と言ったところかねぇ」
「ララ様!死んでしまい申し訳ありません」
「キッヒヒヒ。いいさ、全力で戦ったのだろ?アチキも清々しい気持ちでイッパイさ。もうそろそろ地獄に行こうかねぇ」
「お供致します」
二人は、地獄に繋がるという門を潜ったのであった。




