SS6-18、赤薔薇隊隊長ライラのスローライフ〜サンマの塩焼き〜
ここでしか玉子掛けご飯が食べられないとライラが知った瞬間の顔は正に絶望そのものであった。
最強の魔物であるドラゴンに襲われた時よりも暗く瞳に光が一切ない。
「ら、ライラ様、そう落ち込まなくも大丈夫です」
「どういう事だ?」
「逆の発想をするのです」
シャルの言ってる意味が分からない。余計にチンプンカンプンになり頭上にハテナがいっぱい浮かんでしまう。
「ここでしか食べられないという事は、ここで買って行けば良いのです。ライラ様もアイテムボックスは、お持ちでいらっしゃるのでしょう?」
「あぁ、そこまで容量は大きくないがな」
普段赤薔薇隊として使用してる鎧や武器は自分のアイテムボックスに入れている。
「そうか!アイテムボックスに入れれば、腐らない」
「えぇその通りでございます」
何で?こんな簡単な事に気づかなかったのだろう?確かに、ここで買って行けば、来れない間にも食べられる。
いや、玉子だけではない。時間が過ぎないという事は温かい飯が温かいままで保存出来るという事。
「何で気づかなかったんだ?」
「それは、この世界の常識となっているからでございます」
「それはどういう――――――」
「次は、このサンマの塩焼きとやらを食おうぞ」
ライラの声を遮るようにアリスの声により掻き消えた。それは、まるでココでは話すなと言ってるように。
「姫様、サンマを解して頂きます」
「シャル、妾よりライラを解してやれ。これは始めてだと難しい」
「承知致しました」
アリスの命令によりシャルは、ライラのサンマを器用に箸で解していく。本場である日本人でも、ここまで綺麗に出来る者は少ない。
「あ、ありがとうございます」
「よいよい、サンマの塩焼きとやらも食せば驚く事間違いなしなのじゃ」
ライラは魚をあんまり食べた事がない。グフィーラ王国の近くに川が流れてるので、川魚が良く取れる。
ウナギもその一つで、昨日はそれで驚かされた。あんなに美味しくなるとは。だが、本来川魚は泥臭い物。だから、魚は苦手だ。
「このサンマはな。海の魚なのじゃよ」
「海?!海って、あの塩辛い水が大量にあるという海なの!」
「他にどの海があるのじゃ?その海で合っておるぞ」
交通手段が未発達な異世界では、川は兎も角、海を見た事のない住民は珍しくもない。
それにグフィーラ王国も海に面してはいるが、王都や古都まで4日は掛かる。届く頃には鮮度が落ち腐って食えた物ではなくなっている。
「さぁ冷めない内に食べようぞ」
先ずはそのまま何も付けずに口に運ぶ。口に入れた瞬間、サンマの香りが鼻孔を通り脳に直撃した。そして、サンマの脂が口の中に広がり、昨日食べたウナギとはまた違う美味しさだ。
ウナギは繊細な技巧の為せる技、職人の歴史を感じさせる味に対して、サンマは塩焼きというシンプルだからこそ素材そのものの旨味と海でまだ泳いでる姿が目に浮かぶようだ。
「この大根おろしに醤油を数滴足らし、一緒に食べるとまた違った味わいがするぞ」
アリスの見用見真似で、大根おろしと一緒にサンマの身を頬張ると、大根おろしが脂を中和させサッパリな後味になる。
それにしても、ご飯が欲しい。玉子掛けご飯で、もうご飯が空っぽだ。これは、ご飯と一緒に食べた方が更に美味しいんじゃないか?
ズズーッ
「汁物も行けるぞ」
「姫様、音を立ててます」
「良いではないか。ここは城ではないのだ。無礼講といこうぞ」
無礼講でも音を立てて食すのは冒険者以外だと考えられない。
だけど、見た事のない汁物に興味を唆られるライラは、一口含みゴクンと飲んだ。
「これは何という料理なのですか?」
「はて?何だっかのうぉ?」
「それはお味噌汁というスープでございます」
聞いた事はない名だが、何だかホッとする味だ。遠い村にいる母さんの事を思い出す。
これは、やはりご飯が必要だ。サンマとお味噌汁、この二つを繋ぎ合わせるのはご飯だ。
「ご飯をお代わり」
「はーい、ただいま」
うむ、やはり私の選択は間違ってなかった。ご飯と一緒にサンマとお味噌汁を食べると、美味しさが倍増…………いや、5倍増しに美味に伸し上がっていくのを感じる。
もぐもぐ
「ふぅー、もうお腹いっぱい」
「ククククッ、城では食べれない物ばかりだろう」
「アリスは良いです。ずっといるのですから。私なんか明日には帰らなくてはなりませんのに」
「そう悲観するな。カズトに1週間分の料理を頼めば良いではないか」
「それはそうなんですけど、何て言うか……………ここは居心地が良いんです」
だから、アリスの事が羨ましい。いつかは自分の国へ帰るのだろうが、今を十二分に堪能してる姿が羨ましいと思ってしまう自分がいた。




