194食目、《隠者》の世界が壊れた
「それで、この死体はどうするの?」
「こうするのです」
パラパラと聖書ブリーズ・アメンのページが風により捲り上げるように、とあるページで止まった。
「聖書の本質は、まるで物語を描くように物に限らず変質させる能力がある事だ。このページを使おう」
ビリっと破き放り投げると、意思があるかのように元《死神》の死体の上へひらひらと漂い着地した。
「少し離れていろ。【肉体変化】」
聖書ブリーズ・アメンから破り捨てられた一枚のページが死体に染み込むように消える代わりに死体に変化が表れた。
変化し終わった死体は、どう見ても《魔術師》と瓜二つだ。
「これで僕を死んだ事にする。ここから脱出する時間稼ぎにはなるだろう」
「うわぁ気持ち悪」
生気は宿っていないが見た目は生きてるように綺麗過ぎる。だが、触れれば冷たく血が通ってないのは明白だ。
「あんた何処かのお坊っちゃんか?碌な死体を見た事ないだろう。これじゃぁ、綺麗過ぎる。直ぐにバレる」
「それでは、これならどうです?」
再度【肉体変化】を軽く使用し、適度な傷や汚れを施した。
これならよっぽど人間の体に詳しくないと判別不可能だろう。魔法や魔法薬で病気やケガを治すのが常識な世界。科学が発展していなければ医学も発展しない。
そんな世界に地球よりも医学に詳しい者はいないはずだ。万が一つにもバレる可能性はゼロだ。
可能性があるとすれば、勇者みたいな転生者の子孫に科学や医学等の知識が伝わっているかどうかだ。
「上手い上手い。これならバレる可能性ないでしょうね」
「よし、こちらも準備万端だ」
《魔術師》の視線が注がれる箇所には雁字搦めに聖書ブリーズ・アメンのページで封印されてる【魔神の右手】があった。
封印される前と比べると、ドス黒いオーラは消えており恐怖は感じない。
「これなら《隠者》でも持てるでしょう」
「うん、最初見た時より全然怖く感じないや」
「念のために聖書の模倣品でも作りますか」
「そ、そんな事出来るの?!」
聖武器が無限に作れるなら、そこら中に勇者が溢れる事になりかねない。
勇者のバーゲンセールみたくなってしまう。
「模倣品です。最初の数日間だけ力がありますが、それ以降はタダの紙切れと化します」
ビリっと聖書ブリーズ・アメンのページ一枚を破り捨て、それが聖書へと変化する。
見た目だけは《魔術師》が持つ聖書ブリーズ・アメンと瓜二つである。あくまで見た目だけは。
「うわぁ性悪だねぇ。でも、紙は貴重品だから、これだけの紙でも一財産入るんじゃねぇか?」
動物由来の羊皮紙よりも植物由来の繊維を使用した紙の方が貴重品だ。聖書も植物由来の紙を使っており、これ一冊だけでも城が建てられる。
「まぁ手切れ金として置いて行きます」
「これを高いと取るか、安いと取るか」
「長い期間を考えれば、後者でしょうね」
勇者が、その国にいるだけで莫大な金を生む。表向きでは魔王討伐や平和維持のために勇者は必要とされるが、裏向きはただ単に金を生む木なのだ。
パリン
「んっ、何か聞こえたような」
「どうしたのです?」
バリバリン
「グハッ、ゴボッ」
「《隠者》?!どうした!【癒しの紙】」
《隠者》が、急に吐血し倒れた。いつの間にか手足全体にも切り傷が広がり出血が絶えない。
このままでは出血多量で死んでしまう。急いで《魔術師》は回復系の技術を使用し、どうにか出血は止まった。
手足の切り傷も全部じゃないが、いくらか塞ぐ事に成功した。
「ハァハァ、もう大丈夫」
「いったい何が起こったというのだ?」
何処からか攻撃された気配は無かった。もしも、ここまで誰かが入って来てれば二人が気が付かない訳がない。
「多分だけど、ワタシの影が壊された」
【もう一人の自分】の繋がりが切れた。おそらく何らかの攻撃により消滅したと判断する。
「影?あれか?お前は“世界持ち”なのか?」
「世界持ち?」
「何だ?知らないのか?」
《魔術師》の説明によると、世界持ちとは文字通りに自分だけの異空間を持ってる者の事を言うらしい。
世界持ちの許可がないと、その世界には入る事も出る事も本来なら叶わない。
だが、例外がある。その世界よりも強力な力にて無理矢理壊す事が可能だという事。壊された場合、その世界の持ち主である世界持ちに反動として返ってダメージを負う事になる。
因みにアイテムボックスとは似て非なるものだ。世界持ちの異空間は生物も入れ、時間は自由自在で操作は共通で出来、他に世界の規模により出来る事は変わってくる。




