193食目、瀕死の《戦車》
サンドラが影から脱出する少し前、《隠者》は魔法大国マーリンの街中を一目散に駆けていた。
「ハァハァ、まさかクルミちゃんが殺られるなんて」
《隠者》と《戦車》は精神的に繋がっており、場所や身体の具合等がお互いに感知出来る。
実の血が繋がった兄弟姉妹間でたまに起こる魔法的な現象で【精神的連鎖】と言われている。
【精神的連鎖】が繋がってる人によって感知出来る内容は違うが、《隠者》と《戦車》の二人は、お互いの居場所と健康具合が分かる。
「ハァハァ、クルミちゃん無事」
バタンと勢い良く魔神の右手が飾られてる宝物庫の最奥の扉を開け入っていく。
「スゥスゥ」
「落ち着け。無事だ。ただ眠ってるだけだ」
寝息を立て胸元が大きく上下している。生きてる!生きてて良かったぁぁぁぁ!
「ハァハァ、切られて死んだのかと」
《隠者》は糸が切れたかのように、その場に座り込む。
【精神的連鎖】により伝わって来た《戦車》の苦痛が、今は無いようで安心し、深く息を吐きながら寝転んだ。
ここに辿り着くまで不安で不安で仕方なかった。あれは体験してみないと、本当の恐怖はいくら口で言っても伝わらない。
「突然ここに現れてな。直ぐに気絶するように寝てしまった。あれは《戦車》の技術なのか?」
「おそらくクルミちゃんの技術【武器庫】が自動的に働いたと……………思う」
自分らの【精神的連鎖】でもお互いの技術の正確な詳細は分からない。
だから、曖昧になってしまう。《戦車》は説明下手だし、《隠者》も妹に全部は自分の技術を話していない。
そもそも血を分けた親兄弟でにさえ、自分の技術や魔法を多少話すだろうが、全部話す事はあり得ない。
いくら信用してると口で言っても何時裏切られるか内心不安で仕方ないものだ。
「それで死体は用意出来たのか?」
「えぇ、《魔術師》これで良いでしょ?」
《隠者》の【影箱】から元《死神》の死体を取り出した。
「これは!仲間では無かったのかな?」
「別に仲間じゃないわ。ただ教祖様に仕える手駒よ。ワタシとあなたもね」
魔神教会は、けして一枚岩とは為りえない。何故なら、教祖であるカノンに崇拝する者達の集まりだからだ。
カノンのために動き、カノンを護り、カノンの願いを成就させるための組織。それが魔神教会。
「まぁ死体であれば何でも良いのだが」
「安心しなさい。《死神》は死んでないから」
「えっ?でも、こうして死体が」
「《死神》の本体は、その体じゃない。この仮面の方よ。この仮面を被れば、《死神》となるそうよ」
《隠者》の手元には《死神》が被っていた骸骨風な仮面が握られている。
「教祖様の技術は、物にまで影響を与えるのか!これは素晴らしい」
「あんたも《死神》みたいに研究バカのようね」
「グッフフフフ、知りたい事を調べるのは人の性。この世界には未知が溢れている。教祖様もその一つ」
いつの間にか《隠者》の手元にはクナイが握られており、クナイの刃先は《魔術師》の首元に寸止めで止められていた。
「教祖様に何かしようとしたら、あんたを殺すから」
「グッフフフフ、冗談。冗談ですよ。教祖様の力を授かった時から教祖様に危害を加える事は出来ないとあなたも分かっていらっしゃるじゃないですかぁ」
《隠者》はクナイを仕舞う。別に《魔術師》の言葉を鵜呑みにした訳でない。
本当に教祖カノンには危害を加えられないようリミッターを掛けられてるが、《魔術師》なら能力を保持したままリミッターを外せるのではと頭に過ぎる。
「まぁ《死神》が無事なら良いです。同じ研究者として会って見たかったですから」
「その代わりに関係ないヤツが犠牲になるけどね」
「それは致し方ない事ですね。必要な犠牲というものです」
《死神》の仮面を被ったら最後、その者は精神と身体を《死神》に支配され、もう二度と戻る事はない。




