192食目、ケルベロス
複雑な魔法陣を、ほんの数秒で作り上げた。鎖で出来た魔法陣は輝き出す。
真っ暗な影の中、余計に光り輝き、まるで太陽を間近で直に見てしまったように目がチカチカしてサンドラ自身も目を痛く感じ、上手く開けられない。
「グハッ、召喚魔法と見せ掛けて光魔法か!」
多少魔法に詳しい者ならサンドラが鎖で描いた魔法陣は召喚魔法だと分かる。
だけど、ここまで光り輝くとは魔法に疎い勇者であるサンドラは知らなかった。もし知ってるなら自分も喰らうはずはない。
「だ、ダメージはないの?光魔法ではないのか?」
「し、召喚魔法です」
おそらく影だから光魔法や光属性の技術が苦手だから光り輝き出した時は勘違いしたのだろう。
『バウワウ』
「おぉヨシヨシ。良い子良い子」
4〜5mはあるであろう三頭の黒い犬が出現した。毛皮はモフモフで、地球では考えられない大きさであるが大人しくしていれば実に可愛い。
だけど、これでも地獄のと付くようにメチャクチャ強かったりする。
「その魔物はなんですか!」
サンドラには従順で尻尾をブンブンと振ってるが、敵に対して敵意丸出しで、三つある顔の内一つは《隠者》の【もう一人の自分】に向けてる。
《隠者》本人でなくとも弱点が光属性という点を除いて、ほぼ強さは同列。勇者にも引けを取らないと自負を持っている。
その結果が鎖の勇者であるサンドラを影の中に捕えた今の状態だ。だが、けして油断していない。
この影の中なら何時でも殺せるという確証があるからだ。だけど、実際はどうだ?
召喚魔法で喚び出せる魔物の強さや数は、その召喚者の魔力量や魔法の適正値に比例する。だが、魔法に疎い勇者であるサンドラが実際に喚び出したのは、とんでもない化け物だった。
「何って、名前位は知ってるはず。地獄の番犬です。因みに名前は、ケルちゃん。ワタクシのお気に入りの一匹です」
『バウ』
名前は当然知ってる。何故なら、Sランクに数えられている魔物なのだから。
有名だけど、《隠者》は見た事はない。なにせ名前の通りに地獄にいるとされる魔物の一種なのだから。
地獄が何処にあるのか?誰も知らないが、これだけは言える。鎖の勇者サンドラは、地獄という場所から喚び出した事は事実だ。
「ケルちゃん、ここから出たいの。出来る?」
『バウワウ』
「そう、出来るのね」
「そ、そんなバカな話があってたまるか。ここはワタシだけの世界だ。けして、ワタシ以外出られない」
そう言いたい気持ちは解る。理解出来ない力があると、誰もがそれを否定したくなるものだ。
「逃がすか!」
【もう一人の自分】が前方に掌を翳すと、サンドラの周囲を囲むように影で出来た鞭状の突起が今にでも襲い掛かろうと、こちらに狙いを定めている。
「逃げる積りなら、ここで殺すまで」
影の突起物が襲い掛かって来た。普通なら移動もままならない場所で、あれを避け切るのは至難の業。それに周囲の色と同化して正確な場所が分かり難くなっている。
「ケルちゃん、やって」
『ギャォォォォ』
左側の顔が甲高く吠えた。ほぼゼロ距離にいるサンドラの耳にもキィィィィンと響き両手で耳を塞ぐ。
「なっ!」
「よ、良くやりました」
『ギャル』
ケルちゃんの遠吠えにより影の突起物が霧散した。それに加え、影の濃さが薄まったように感じる。
「ケルちゃん、ここから出ます」
「さ、させるかぁぁぁぁぁぁ!」
『ギャォォォォ』
【もう一人の自分】が何かやろうとしたが、もう遅い。
ケルちゃんの真ん中の頭が吠えると、忽ち空間にヒビが割れ広がり、ガラスが割れるような音が鳴り響き渡ると目が開けられない程に白い光が辺り一面へ注がれる。
「ここは戻って来れたの?」
『バウハッハッ』
自分が戦闘を行った場所ではないが、魔法大国マーリン内だと建物を見て理解する。
「ケルちゃん、ご苦労様」
『ハッハッバウワウ』
「えっ?もう少し居たいって?もう仕方ないね」
ケルちゃんの頼みを聞き、毛並みを梳いてやるのである。モフモフで一緒に昼寝でもしたら実に気持ち良さそうだ。だが、今は魔神教会の幹部達との戦闘中だ。
ケルちゃんが居れば百人力――――――いや、百匹力か?




