191食目、《隠者》の影
サンドラは一時的に気絶していたようだ。辺りを見渡しても真っ暗で闇しかない。救いなのは自分の体だけは見えてる事だろうか。
「ここは何処?」
「クスクス、ここは影の中」
影?もしかしてワタクシは影の中にいるというの?まるで海の底にいるかのように水みたいな抵抗感を体に覚える。ただ、水の中とは違い呼吸は出来、話せる。
「あなたは?」
こんな闇の中で相手の姿も見える。ズキン、思い出した。影使いの女に影へ引きずり込まれたのだ。
魔法大国マーリンへ魔神教会が来襲した中に因縁の相手がいたのだ。もう少しで倒せるところを、こいつが横取りして戦う羽目に。
「そうだ、あなたは影使い」
「ひどいなぁ。ちゃんと名前を名乗ったじゃない。ワタシは《隠者》と」
そういえば、名乗っていたかもしれない。影へ引き摺り込まれた影響で所々記憶が抜け落ちてる気がする。
「でも、あなたが偽物だって事は分かってるから」
「偽物?何の事?」
「何て言ったかしら。そう、確か【もう一人の自分】だったかしら?」
ギクッ
「な、何の事!」
「動揺し過ぎ。くノ一の格好してるのに動揺してどうするの?」
「う、うるさい。お前の立場を分かってるの?ここはワタシの影の中なのよ。この中ならワタシには消して勝てない」
つまりは地の利は向こうに有りでこちらは不利という事だ。それにココは《隠者》の腹の中と言えよう。闇じゃなく周囲の影も相手の味方だ。
「大人しくしていたら痛い目に合わす積りはないわよ」
「ここから出る技術でも持ってるかもしれないわよ?」
「それはウソね」
まぁ半分はハッタリだ。今まで影に入った事ないし、脱出方法は色々トライ&エラーを繰り返しながら脱出するヒントを探すしかない。
「先ずはそうねぇ。ここの広さでも調べましょうか?」
ジャリンジャリンとサンドラの身体中から鎖が這い出て四方八方へ伸びて行く。
これで端まで着けば良い。だが、問題は一向に着かない場合だ。広さが有限なら壊せる可能性は少なからずある。その壁となってる部分を壊せば良いのだから。
だが、広さが無限なら自力で脱出出来る可能性はゼロに等しい。一番良い方法としては、この影の中に入る技術を使用してる《隠者》に出して貰う言葉だ。
だけど、肝心の《隠者》はここにはいない。目の前にいるのは技術で作り出した偽物。
「クスクス、そんな事しても無駄なのに…………ねぇ」
「やってみないと分からないじゃない」
焦ってない様子から広さは無限大と考えるべきか。
「なら、あなたに脱出方法を聞いて見ようかしら」
「バッカじゃないの?話す訳ないじゃない」
まぁそりゃぁそうだ。技術によって作られ、切っても突いても死なない。ならば、属性を付与された攻撃ならばどうだ?
生物でも無機物でも弱点がないものは存在しない。もし存在するなら、それは神みたいな超常的な何かを置いて他にはない。
「それでは話したくなるまで痛くしましょうか?」
「バカめ。影に如何なる攻撃も効かないのを知らないの?」
「弱点は何物にもある」
「そう思いたいなら、そう思っていたら良い」
まだ切り札を使っていない。影の外で使用した技術も強力だが、切り札とは呼べない。
サンドラも含め勇者の切り札となり得る技術は、属性系の奥義とシリーズ系と呼ばれるその勇者独自が持つ技術である。
サンドラも今から使用しようとする技術もシリーズ系で、サンドラのシリーズ系は六道。生前に犯した業により死後に行く世界だと考えられているのが六道だ。
その一つを使おうとしている。
「まさかココで使おうとは思っても見なかったわ。畜生の聖鎖【地獄の番犬】」
鎖が空中に魔法陣を自動的に作り始めた。シリーズ系の聖鎖には特に名前はない。いや、サンドラが付けてないだけ。
畜生の聖鎖の能力は召喚魔法が使用可能になる事。ただ、これだけでは強いのかと疑問の声が挙がるが、どんな物でも召喚可能という事。
それも過去・現在・未来問わず喚び出せる。それ即ち、現在で死んでいても過去から喚び出せば生きてる状態で、未来から喚び出せば成長した姿で喚び出せる。
それともう一つ、これに召喚された物は、例外なくサンドラに従順になる。




