190食目、《隠者》VS鎖その2
サンドラは別に消えた訳ではない。目に見えない程の速度で上空へ移動しただけだ。
空を飛んだ訳ではない、空中に張ってる糸を掴み自分を引っ張っただけである。
「風の聖鎖ハスター【風糸】。ワタクシしか見えない風属性の鎖なのです」
端から見たら空中に立ってるように見える。だが、見えない風属性の鎖の上に乗ってるだけ。
そして、制限なく張れる。時間が経てば経つ程に空はサンドラの領域と化す。
「くっ、降りて来なさい。空中を移動とかズルいでしょうが」
「何を言ってるのですか?これは戦争、殺すか殺されるかの二択しかないのですよ?そして、アナタは狩られる側」
【風糸】を両手で掴み、ぶら下がったまま勢いをつけ他の【風糸】に捕まり移動する。
これを繰り返す事で高速移動を可能としていた。まるで某映画に登場する蜘蛛の主人公のようである。
「速い!」
「はぁぁぁぁぁぁ」
《隠者》の脇腹に速度を乗せたストレートパンチが見事に入った。ミシミシという嫌な音が鳴り響く。
「グハっ!」
「近距離は苦手ですが」
これは死んだかと思われても仕方ない程に《隠者》は吹き飛んだ。
十数回転はし、数件の建物を壊すまで止まらなかった。拘束に特化しているにも関わらず、勇者は勇者だ。素の腕力も高いらしい。
「ハァハァ、影をクッションにしなかったら死んでたわよ」
「チッ……………殺ったと思ってたのに」
「ねぇ今、舌打ちした?」
えっ?そこが気になるの?もっと気になる事があるとワタクシは思うのですけど。
「まぁ良いや。ぶっ殺してやるから」
「殺ってみなさいよ」
あの速度には着いて来れないのに殺られるはずはないとサンドラは油断してるが、それが命取りとなる。
ガシッ
「なっ!何よ、これ!」
「油断するから。それは【もう一人の自分】」
「影で出来たもう一人のワタシだ」
サンドラを背後から掴む全身が黒い人らしき者がそう告げた。いきなり現れた。そんなに密閉じゃないが、自分の周囲に漫画で良くある赤外線センサー並みに【風糸】を張っていた。
自分以外だとそう簡単に掻い潜れる程に優しくは設定していない。そうもの凄く近くに転移しない限りは。
「くっ、離れろぉ」
「ヤダね」
黒い《隠者》は完璧にサンドラの体を拘束しており、【風糸】で空中へ逃げられない。
離れないなら離れるようにするまで。
「離さないのが悪いんだから。【糸切り】」
黒い《隠者》の首に【風糸】を引っ掛け、引っ張った。腕を使わずとも鎖を操るのはサンドラにとって造作もないこと。
黒い《隠者》の首が茹で玉子を糸で切るようにブチンと頭が落ちた。
「ヒドイ事をするヤツだな」
「いきなり殺るなんてヒドイじゃないか」
ビクッ!
地面に落ちてる頭からも声が聞こえた。まるでホラーだ。技術か魔法で生み出したものだから、もしかしたらと思ったが、やはり頭を落とした位では平気のようだ。
でも、分かってはいるものの、頭が喋る度にビクついてしまう。
「クスクス、驚いてる」
黒い《隠者》が自分の頭を持ち上げ、首へと乗せた。
「これで良し。殺ってくれたお返しにワタシの世界へ案内してあげるよ」
黒い《隠者》がそう告げると地面に沈み込む感覚に襲われる。
いや、本当に沈んでいる。自分の影が底無し沼と化し両足が既に自分の力だけでは動かない。
「誰が行くもんですか」
「でも、もう膝まで沈んでのに諦めないんだ」
「もうここまで行くとバッカじゃないのって罵りたくなるわね」
確実にサンドラを影へ沈められると確信してるようで、《隠者》本人も何もしてこない。
この瞬間が一矢報いるチャンスだと、この場を脱する方法を考える。
「多少痛いようですが我慢します」
「んっ?何か言った?」
【風糸】を自分の体に巻き付け引っ張り上げる。《隠者》には見えてないようだ。
グイッと引っ張り上げると影に沈み込む事はなくなったが抜け出せない。予想以上に影の引き込む力が強い 。
「バッカじゃないの。小細工は無駄よ」
ピン
「そのようね」
【風糸】を切り引き上げる作戦は諦め、そのまま影に飲み込まれる事を選択した。




