SS10-2、ジョルの仕事〜愚者の部下になった〜
最初の拷問を受けてから何日経ったのだろう。もう手足の感覚が、ほぼ失くなって意識を手放したいのに気絶さえ許してくれない。
ガチャン
「起きてるか?」
バッシャン
バケツ一杯の水を掛けられた。全身びしょ濡れで、それが汚物なのか水なのかワタクシには分からない。
首だけをお越し、目の前に誰かを見る。拷問の後遺症により視力も低下しており、目の前にいる人が誰か分からない。
「ふむ、歩けないか?おい、お前ら運んでおけ」
「「はっ!」」
両端から腕を捕まれ、引き摺られていく。普通なら引き摺られる際の痛みが生じるが、拷問の影響で痛みもほとんど感じられなくなった。
だから、声を荒げる事はなく、そのまま抵抗せずに何処かへ引き摺られていった。
ドサッ
「ここだな。降ろすぞ」
ここは何処だろう?微かに音が聞こえるだけで、ここが何処だか分からない。
「随分と手痛い拷問を受けたようだな。まるで死んでるみたいだ」
「うっほほほほ、この儂の拷問技術をなめてるのか?」
「いいや、かろうじて生きてるなら良い。ワタクシの技術で治すのだからな」
声らしき音が聞こえるが、何を言ってるかワタクシには分からない。
ここで死ぬのか?殺すというなら早く殺してくれ。もう、生きるのに疲れた。
あれ?何か温かいような目映い光に照らされている。何だろう?この光は?
「これで治りましたわ。体の外傷・内蔵や神経も無事に治ったはずです。心も出来る範囲で治して置いた。後は、コイツ次第であろうな」
「《世界》ご苦労であった」
「ふん、我が主の命令でなければ、お主に手を貸さん」
ワタクシは、生きてる。手足が指先まで動く。目が見える。耳が聞こえる。身体が軽い。頭がスッキリしてる。
長い間、身体を動かしたとは思えない程にスムーズに動かせる。まるで、時間が逆行したかのように。
「聞こえるか?自分の事は分かるか?儂の事は分かるか?」
「ワタクシは、オレは、ジョル。オレは、No10《運命の輪》のジョルです。《愚者》様、《世界》様」
王に片膝を付き頭を垂れ畏まる。拷問による恐怖からではない。むしろ、神にも似た畏怖の念の方が近い。
「ふむ、心も幾分か治ってるようで安心した」
「はっ!ご心配お掛け致しました」
心を一回完璧に壊れる寸前まで追い込み、8割程回復させる。これが忠誠心を植え付けさせるのに効率が良い。
奴隷よりも忠実に命令を聞き、命を恐れぬ兵隊の完成だ。タダ、心を壊す力加減を間違えれば廃人になってしまうので注意が必要だ。
「よし、これから儂の下についてもらおう。それで良いか?《世界》」
「好きにしなさい。我が主に頼まれてるのは、お前なのだから」
教祖カノンの命令の延長線上で、ジョルを自分の部下に添えた《愚者》。
一応、事後報告で告げたところ「良いわよ」と、あっさり了承を得た。「私にもたまに使わせなさい」という条件を出された。
「早速だが一つ仕事を頼みたい」
「はっ!なんなりと、お申し付け下さいませ」
《愚者》から頼まれた仕事を全うするため、ジョルはブローレ商会へと戻って来た。
「ブラン様、ただいま戻りました」
「遅かったでないか。あの方に許しを得られたのか?」
「はい、今回の事は不問に付すと」
「そうか、あの方を怒らすと命はないからな」
それは自分の身で十二分に味わった。その代わりに《愚者》の絶対的な忠誠心が芽生えた。
「えぇ、ブラン様の仰有る通りでございます」
「安心したらエールを飲みたくなってきたな。おい、エールとオツマミを持って来い」
あぁ鬱陶しい。早く殺したい。何故まだオレを好きにコキ使えると思ってるのか、理解に苦しむ。
今のオレは《愚者》様の忠実なる下僕。ブランの命令を聞く義理はない。
ないのだが、これも《愚者》様に頼まれた仕事を失敗させないための演技だと考えれば安いもの。
「お待たせ致しました。エールとオツマミでございます」
「遅いぞ」
立て掛けてあった置物を投げて来た。何時もに増して乱雑なご様子。
ブランが投げて来た置物は特に避ける必要はない。何故なら、あの拷問に比べると全然痛くないから。
それに避けたら避けたで、また怒り出す。まぁもう少しで死ぬ元上司の事だから好きにさせてあげよう。




