160食目、紅茶の入れ方講習
各国の王様・女王様が会議をしている最中、当の王子・王女達は、自分に宛がわれた部屋へは戻らずに、とある部屋に集まっていた。
そこは客室というより団欒室と言った方が的確だ。複数の椅子テーブルが置かれ、部屋の片隅にはお茶汲みが出来るよう給湯室も完備されている。
カズトもまた護衛兼給仕役として一緒に付いて来ていた。他のメイドや執事もいるが、今のこの時この場では実質俺が執事長みたいなものだ。
「流石、料理の勇者殿ですな。そんな紅茶のいれかたがあるとは、いやはやお見逸れ致しました」
俺よりも遥かに年配な執事らしき男性が、俺の手元をじっくりと観察している。
カズトとしては普通に入れてる積もりなのだが、場所が変われば文化も変わるという事だろう。
「ほら、お前達も学ぶのです」
年配の執事がそう言うものだから、まるでプチ料理教室みたいになってしまった。
ただ、態々口で説明しなくても目で見て技を盗む職人みたく俺の手元を瞬きしないで見詰めているので楽である。
だが、手元に無数の視線による槍が突き刺さるようでやり難くはある。
「お待たせ致しました。ダージリンティーでございます」
「カズちゃんカズちゃん、美酒はないの?」
「ありません。ここには年端もいかないご子息様・ご息女様がいらっしゃいます。お酒は、お出しできません。タマモ様」
「もういけずぅ。カズちゃんとタマモの仲じゃないのよ」
九尾タマモが俺にすり寄って来る。何処か良い匂いが鼻につき、着物が着崩れ胸元が強調され目が反らないでいた。
だが、そんな様子を睨むような鋭い視線が背後から降り注ぐ感覚を所々から感じる。
ちょっと振り向くのが怖い。ヤバい、冷や汗が止まらない。
「カズト」
「カズト兄様」
「"剣の勇者"様」
「カズト様」
「カズちゃん」
「剣の勇者様?」
「キュルキュゥゥゥゥ」
勇気を持って振り向くと、そこには鬼と化した四人+一匹?がいた。
レイラは、目元は笑っているが口が笑っていない。背後に般若らしき物体が見えそうで怖い。
リリシーは、子供らしく頬を膨らまし如何にも怒ってますというアピールをしている。こちらは、可愛い。
ユニーニは、何処から取り出したのか片手に包丁が握りられている。それを口元近くに持ち上げながら微笑んでいる。めっちゃ怖いわぁ。
シャルロットは、物凄い笑顔で戦槌を頭上まで振り上げ、今まさに振り下げようとしてる。それ、頭に当たったら洒落にならない。
ルリ姉は、杖を構えながら微笑んでいる。が、足元を見ると床が時間が経つに連れ氷ついている。室温が5℃程下がってる気がする。
フゥは、みんなと違って首を傾げてる。何故、みんなが怒ってるのか不思議で堪らない様子だ。
ハクは、その表情を読み取れないが甲高く叫んだ後、俺の脇腹へ突っ込んで来た。
「げふっ」
ハクもカンカンに怒ってるらしく、倒れずに済んだが脇腹が物凄く痛い。
このまま倒れてしまった方が楽で済むが、ここは男と勇者の意地で、どうにか耐える。
突っ込んで来たハクをヌイグルミを抱き抱えるように両腕で持ち上げた。
「ハクさん(めっちゃ可愛い)」
「ハク様(抱きたい)」
「ハ、ハク様」
「次期龍王様(こっちを向いてぇぇぇぇ)」
「ハクちゃん(お持ち帰りしたい)」
「次期龍王様(友達になりたい)」
「キュル?」
ハクのお陰で修羅場にならずに済んだようだ。俺の事は忘れ、みんなはハクにメロメロだ。
「取って置きをお出し致しましょう」
取って置きと言ってもカズトの技術である【異世界通販】にて取り寄せた食べ物だ。
それをアイテムボックスから人数分の盛り付けが完了した状態でテーブルに並べる。
透明なガラスの器に白い半球状の物体が白い煙を出して鎮座しており、側にはスプーンを然り気無く置いてある。
「お召し上がり下さいませ。こちらは"バニラアイスクリーム"でございます」
透明なガラスの器も冷やされおり、持った瞬間に例外なく驚いてくれたようだ。
食器を冷やすという発想がそもそも浮かばないだろうし、普通はやろうとも思わない。
態々食器を冷やすためだけに青魔導師を雇う物好きは、大貴族や大商人でさえいない。それだけで莫大の金貨が湯水のように溶ける。
そんな事のために使うなら有名画家の絵画やツボを買った方がマシだ。
そんな理由により例外なく驚かれてる訳だ。カズトは、ただ単に料理人の性と言うのか、魔法大国マーリンへ来る前に全て料理器具や現場で手に入らないであろう材料・調味料は、アイテムボックスへ入れてある。
冷やしたガラスの器もその一つだ。遠征したなら冷やす機会なんてあるはずもない。




