SS1-50、帝国の三勇者〜拳、兄に甘える〜
「うーん、ここは?」
いつの間にか寝てしまったらしい。まだ重い頭を起こしながら周囲を確認するリンカ。
昨日の事を徐々に思い出した。そういえば、昨日宴会を開いたのであった。
宴会に参加した者全員が酔い潰れてるようで、テーブルや床に寝転がってる。
隣にいるメグミとココアからも酒臭い匂いが漂って来て鼻に付く。うん、めっちゃ臭い。
「顔洗お」
厨房に行くと、そこにはカズトがいた。正確には分身だが。
「兄さん」
「リンカも起きたのかい」
「うん、兄さんは何をしてるの?」
「食材の下処理をしてる。こんな状態でも俺の料理を待ってる客がいるからね」
分身でも兄さんは兄さんだ。リンカの知ってる兄さんだ。そう思うと何故か瞳に涙が貯まって来る。
みんなの前では涙出なかったのに、今は何故か涙が次から次へと溢れて来る。自分では制御出来ない。
「今は二人きりだ。泣きたい時は泣いても良いんだよ」
「ふぇ、うぇぇぇぇぇぇん。兄さぁぁぁぁぁぁん」
みんなの前では特に我慢してる気はなかったはずだ。だけど、兄であるカズトと二人切りになった途端に心の奥底に貯まっていたものが一気に吐き出してう。
「落ち着いたか?」
「うん、グスッ」
カズトもこんなに泣いたリンカを久し振りに見た。昔は、ヨチヨチとカズトの背後を着いて来ては転んだり、置いてきぼりにされると泣いていた時期をカズトは思い出していた。
だけど、何時からかリンカは武道を学び泣かなくなった。頭角をミキミキと現し、よっぽどな事がないと誰にも負けない程に有名人となったのを覚えてる。
それからか、たまにカズトの店に食べに来るだけで兄妹のコミュニケーションは最低限となっていた。
リンカの兄として悲しくもあり嬉しくもあった。でも、やっぱり悲しい。
「何か食べるか?」
「うーん、カレーが良い」
「はいよ」
寸胴鍋の蓋を開けると、グツグツとカレーが煮えている。カレーは人気料理であり、様々な料理にも応用出来る。
毎日、最低でもカレーは寸胴鍋三個は空になる程出る。魔法大国マーリンでも大人気になったようで、各国の王族達にもお気に召されたようである。
「ほら、ハンバーグカレーだ」
「ハンバーグ!」
野菜、お肉、魚介類でカレーに合わないものの方が少数派ではなかろうか?
こんな万能な料理を先賢の人達は良く産み出したものだ。何もないところから一から作り出すとなると、おそらく十数年は要する。
「ハグモグ……………美味しい。兄さんのカレーだ」
リンカが食べてる様子を見ていたら、カズトもカレーを食べたくなってきた。
まだ朝は何も食べていない。リンカが食べ始めたら、お腹が一気に空いて来た。だって、美味しそうに食べるんだもの。
「俺は納豆カレーだ」
多少工夫はするが、このネバネバ感とカレーのスパイシーな香りがハーモニーを生み出す。あぁ日本人に産まれて来て良かった。
「そっちも美味しそ」
「食べるか?」
「んっ」
リンカは既にカズトがカレーを食べ始める前に皿を空にしていた。
「はいよ。納豆カレーだ」
「んっ、美味しそう」
パクっと頬張るリンカ。やはり兄妹なのか、ハンバーグカレーよりも美味しそう食べてくれる。
うん、自分で作ってみて言うのも何だが美味しい。久し振りリンカと二人切りで食べる事がカズトにとってスパイスになり余計に美味しく感じる。
「美味しかった。ご馳走様でした」
「はい、お粗末様でした」
そろそろ店を開けるために酔い潰れてる奴らを起こさないとしょうがない。
「これからリンカ達はどうするのだ?」
リンカ達の目的は、ここレストラン〝カズト〟に着き、カズトに会う事であった。
「んっ、取り敢えずクエストをこなして滞在する資金を稼ぐ」
「俺がいるんだから」
「それはダメ。ダメ人間になっちゃう」
身内でも、身内だからこそ金銭のやり取りはちゃんとした方が良い。そういうところをキチンとしないと近い将来、兄妹の絆が崩れる事になりかねない。
「そうか、分かった。ただ無理はするなよ。俺を頼っても良いんだからな」
「んっ、分かった。頭、もうちょっと良い子良い子して」
昔のクセでリンカの頭を撫でていた。今さら嫌がるかと思いきや、むしろねだってきた。
何だが今、この時だけ地球にいた頃に戻ったんじゃないかと錯覚を覚えてしまう。




