157食目、再度スパイス研究会に誘われる
カレーを出したなら、ここを廻るしかない。
俺は香辛料の産出国である魔法大国マーリンの王族であるマーリン女王陛下とニーニエが座るテーブルへ訪れている。
「マーリン女王陛下、今宵の料理はどうですか?」
「今は食べてる最中にて黙っておれ」
「剣の勇者様、母様が失礼な事を。母様は、このカレーとやらが物凄く気に入ったそうなの。別に怒ってる訳ではないから安心してちょうだい」
「それはそれは光栄の至りでございます。ニーニエ様は、お口にお合いになりましたでしょうか?」
スパイス研究会に入ってるニーニエの口から美味しいと聞ければ、これ程名誉な事はないはずだ。
何故かドキドキと自然に心臓の音が高まる。他の者がカレーに夢中になってる中で、ニーニエだけが不味いと言うはずはないだろうと高を括ってる。
だが、この世に絶対はない。どんなに確率が高かろうとも数%で不合格となる場合だってある。
「剣の勇者様がお作りになられた料理ですから、美味しいですわ。やはり、私の目には狂いはありませんでしたわ。剣の勇者様、今からでも遅くありません。スパイス研究会に入って頂けませんか?」
カズトは失念していた。
ニーニエは、スパイス研究会に入ってる事を、すっかり忘れていた。
こんなに香辛料を使用した料理を出したなら又もや勧誘して来る事を目に見えて分かっていたはずだ。
「いえ、光栄でございますが辞退させて頂きます。私には、お店がありますので」
「そうですか。残念ですけど、仕方ないですわね。そうですわ……………剣の勇者様のお店、レストラン〝カズト〟の一室をスパイス研究会の支部にすれば良いんですのよ」
ニーニエの提案にカズトは一瞬フリーズした。意味は理解してるが、頭がそれを拒否している。
何故なら理解したら面倒くさい事になると本能的に俺の頭が訴え掛けてきている。
「ニーニエ様は、魔法大国マーリンの王女様なのですよ?流石にマーリン女王陛下の許可がないと、私では判断つきかねます」
一国の王族のご息女を預かる事、それだけでストレスになりそうだ。でも、既に王女様を一人預かってはいるが、いつも気を使い胃に穴が開きそうだ。
こればかしは、地球で一般人として過ごして来たからか慣れるものではない。
いくら勇者として持て囃され、貴族や王族の人達と過ごす時間が多くなりはしたものの、そう簡単には上手くいかない。
まぁそれでも王族であるレイラとは結婚はした。5年も同じパーティーを組んでいれば、愛情は生まれるものである。
「あら?それなら宜しくてよ。レストラン〝カズト〟限定となるけれど、瞬時に行ける魔道具があると聞きましたわ」
「えっ?それ本当ですの?!母様」
「えぇ、本当よ」
ニーニエが立ち上がり、マーリン女王が引く程に詰め寄ってる。王族のご息女が出すとは思えない程の気迫が、このテーブル付近限定で感じられた。
カズトもその気迫に、ゾクッと一瞬腕を掴む程に身体が震えた。
「シールが教えてくれたのだ。あの娘も剣の勇者に興味津々だと聞いた事があるのよ。だからね、我が娘にもその魔道具を譲ってくれないかしら?」
これは断る選択肢はない。静かだが力強い威圧感が、カズトの肌に突き刺さる。
マーリン女王の瞳から『何故部下よりも先に教えないのよ』と訴え掛けて来てる風にカズトには見て取れる。
「これが、その魔道具であります。マーリン女王陛下もどうぞ」
カズトは、懐から御守り型の魔道具を2つ取り出しマーリン女王とニーニエへ渡した。
前回にも述べたかもしれないが、まだこの魔道具の名前は未確定で仮に【ドアープ】と名付けてるだけで、まだ正式ではない。製作者のミミによると名前はどうでも良いらしい。
「こんな小さい物で転移出来るとはのぉ」
「私のお店限定ですけど」
本来なら転移魔法は、十数人の魔法使いにより初めて実行出来る大規模魔法だ。一人で行える代物ではない。
ただし、ミミによると場所を限定すれば少量の魔力で出来るとか。
だが、その代わりに魔方陣へ組み込む魔法回路が複雑となり、御守り型の魔道具【ドアープ】を解析しようにも作製者本人であるミミにしか不可能に近いらしい。
「私は、可愛いと思います。剣の勇者様ありがとうございます」
「妾も暇が出来次第に行くとしようかのぉ」
追加したカレーも見事に空となったところで、お開きとなった。
各国の王族のご子息・ご息女は、そのまま当て割られた部屋へ帰り、各国の王様・女王様は軽く会議をやるのであった。




