149食目、カレーパーティーの準備
サンドラの鎖に繋がれたまま、何をされたか俺の口から言えないが、その代わりに収穫もあった。
樹界マトリョーシカに多少制約があるが、ほぼ自由に行き来が出来るというネックレス型の魔道具を強制的に貰い受けた。
というより、リリシーが俺の首に掛けてくれたまでは良いが、実は自分で外そうとしても外れないのである。強制的と申したのは、そのためでだ。
つまり、絶対に樹界マトリョーシカに来いという意思表示だろう。
「さてと、もう良い時間帯だ」
俺は、ルルシー王女陛下とリリシーの部屋を後にすると厨房へ急いだ。
ボーロ達は、一応プロの料理人だ。二度カレーを食べたら、どうなるか分かってるはずだ。食べてないと信じたいが、今になって疑ってきてしまう。
「ハァハァ、お前ら」
「カズト殿、何時でも運び出す準備は整ってあります」
少しでも疑ってしまった俺を許してくれ。そう心の奥底で神に祈る。
『はい、あなたの懺悔を聞き取りました』とシロの声が聞こえた気がした。
「よし、運ぶぞ。お前ら」
「「「「「イエッサー」」」」」
昨日と今朝で実感した。運ぶのも一苦労だ。自分の店なら、こんな苦労はないに等しい。
短期間で、ゴールが定められてるから俺は頑張れる。毎日となれば、きっと逃げ出すに違いない。勇者で気ままに冒険をしていた方がマシだ。
まぁそう考える辺り、俺は王城専属の料理人にはなれない。俺は、様々な客に食べさせたいのであって、ただ1人の王にのみ食べさせたい訳ではない。
だけど、引き受けたからには最後まで全うするのみ。それがプロの料理人という者だろう。
「よし、テーブルのセッティングを急げ」
俺が来てから二日目だが、各国が揃ってからは一日目だ。昨日よりも人数が多い分、張り切って指示を出す。
執事やメイドも嫌な顔をせずに手伝ってくれる。テーブルや椅子のセッティングは、俺らがやるよりも確実で無駄がない。
「カズト兄様、おはようございます」
「リリシー様、おはようございます」
「もう、そこはリリシーとお呼びになってください」
「他の方もいらっしゃいますので、それはご勘弁を」
ここでリリシーの言う通りに呼び捨てで呼び、何処かに聞き耳を立てる輩がいるかもしれない。
俺は勇者であるが、王族や貴族から見れば一般人だ。そんな者が王族の1人を呼び捨てで呼んでいたら、何か良からぬ事を考える者が出て来るかもしれない。
リリシーは、悲しそうな表情をしてけど、それはしょうがない。せめて、二人きりかルルシー女王陛下がいる時で我慢してほしい。
「リリシー、カズト様を困らせるのではありません。我が娘リリシーがご迷惑を」
「ご迷惑なんてとんでもない。頭を挙げてください」
ここにいるのが俺だけなら、まだ良い。だけど、ボーロ達やメイドと執事もいる。
それに続々と貴賓客の皆様が到着してきてるのだ。一般人である俺に頭を下げてるところを見られては王族の威厳に関わる。
「あらあら、いつの間にか樹界マトリョーシカの女王陛下と姫殿下と仲良くなったようね。ねぇ、カズト」
ビクッ!
何の気配もなく俺の背後から現れたのはレイラだ。一見、笑顔に見えるが目が笑ってない。
「はい、カズト兄様とは良くしてもらってます。レイラお姉さまとカズトお兄さまは、ご夫婦と聞いております」
「そう仰有らわれ光栄でございますわ。リリシー姫殿下」
「リリシーで構いません。レイラお姉さま」
キュン
と、何かときめくような音が耳に届いたような気がした。
「ねぇ、カズトこの子連れて帰れないかしら」
「それをやったら国際問題になるから止めなさい」
「あっはははは、レイラお姉さまくすぐったいです」
ぎゅっとリリシーをレイラが抱き締めている。どうやらリリシーの笑顔にやられたようだ。
リリシーに俺と夫婦と言われ、追撃という名のお姉さまと笑顔の攻撃に心を奪われてしまった。
これは後で何かご褒美をリリシーに差し上げないといけない。
「キュイィィィィィ」
「うん?ぶわぁ」
いきなり前が暗くなった!いや、何かが顔に覆い被さった。まぁいつもの事なので慌てないが、もうそろそろ顔から退けてもらわないと息が苦しくなってきた。
「ハクぅぅぅぅぅ、何処に行ったのかしら」
「龍姫様、ハク様はあちらにいらっしゃるようです」
ブラディーの視線の先に俺を見つけたキューティーは、パァァァァァと目を輝かせ満面な笑顔でこちらに掛けて来る。
「カズトごめんなさい。ハクったら直ぐにカズトのところへ行くのですから」
「俺なら構いませんよ」
むしろ、ここで暴れられるより俺が構う事で大人しくしてくれるなら万々歳だ。
なにせ、ハクはまだ子供とはいえ、これでも龍人族だ。筋力や魔法は他の種族と比べても遜色がない。
おそらく人間の大人程度なら難なく空を飛べるに違いない。




