SS6-3、赤薔薇隊長ライラのスローライフ~卓球勝負~
鬼国シェールの姫様であるアリスと友達となってからは、時間が許される限り、レストラン〝カズト〟に通いつめていた。
その度に最低でも二泊は泊まり、アリスと共に濃厚と云える日を送っていた。
最初の頃は、アリスの従者であるシャルに習って姫様とかアリス様とお呼びしていたのだが、「友達なら呼び捨てじゃろう」と一蹴され、慣れるまで時間が掛かったが、今はもう自然と呼び捨てで呼び合ってる仲となっている。
「今日はのぉ、ライラにこれを教えてあげたいのじゃ」
一緒に温泉へ浸かった後、文字が読めないが遊戯室と書いてあるらしい部屋へと連れて来られた。もちろんアリスの従者(後でシャルという名だとわかった)も着いて来てる。
「これはのぉ。タッキュウと言ってな。この玉を打ち返す遊びじゃ」
タッキュウ?ライラは聞いた事はない。というより、幼少時より娯楽というものに触れた記憶がない。
幼少時は、食う物に困る程でなかったが、満腹になるには程遠かった。そういう理由で、畑仕事や機織りで織った布を売ったりと生計を立てていた。
赤薔薇隊に入隊してからは、鍛練と任務による遠征で遊びに費やす時間はないに等しかった。酒場で男共が何やら賭け事を見掛ける位だ。
だけど、今ではレストラン〝カズト〟に通う事がライラにとって娯楽となっている。ここには、尊敬するお姉様と友達になったアリスという鬼人族の少女がいる。
時間が許す限り、この二人に会う事がライラにとって密かな楽しみとなっているのだ。
「手本を見せるのでな。ほれ、シャル勝負じゃ」
「良いでしょう。ただし、私が勝ちましたら勉強をしてもらいます」
「うぐ、良かろう。妾が勝ったらそうじゃな……………決めたのじゃ」
アリスが、パンと手を叩き何か思いついたらしい。
「妾が勝った暁には、シャルとライラの勝負せい。どちらが強いのか見たいのじゃ」
「えっ?それで良いのですか?姫様の事だから、もっと無理難題を言って来ると思いました」
「妾の事を何と思っておる。妾も鬼でないわ。まぁ鬼人族なのじゃが」
ライラは少し吹きそうになった。『鬼人族だけに鬼じゃない』という箇所の何処かがライラのツボに入ったようだ。だけど、娯楽が少ないこの世界では、もちろん"お笑い"なんて概念はない。
"お笑い"も含め人が演じる娯楽に限定すれば、吟遊詩人が謳う詩と勇者の冒険譚を演じる歌劇位だろう。
貴族のご令嬢・ご子息の間で最近、カズトが勇者として冒険に出発してから魔王を倒すまでの冒険譚の本が人気らしい。カズトは、もちろん読んだ事はない。自分が主役として書かれてる本なんて羞恥心しかないからだ。
ただし、中世に近い世界なので印刷技術は未発達で本一冊が、下手したら家を一件買える程に高くなる。希にオークションに出品され、下手したら白金貨数百枚はくだらなくなる。
「あのぉ、私の意志は?」
「何じゃ?シャルと戦いたくないのか?」
「いえいえ、滅相もありません。騎士たる者、強き者と戦いたいのは騎士の本能です。ですけど、お二人から勝てるイメージが湧いて来ないんですよね」
「まぁ安心せい。シャルは、こう見えても手加減をしてくれるじゃろうて」
「もう姫様、既に勝った時の話ですか?まだ勝負すらしてないこに」
「なに、妾が勝つのだから問題ない。ライラよ、待っておれ」
アリスとシャルは卓球台にスタンバイし、最初のサーブ券は姫様という事でアリスになった。
「サーブを譲った事を後悔してやるのじゃ」
天井に付く程の高さまでピンポン玉をトスし、落下して来るタイミングを見計らい逆回転をピンポン玉に掛け打った。
ピンポン玉は軽いため、簡単に変化を与える事が容易である。本来なら高等技術である逆回転のスピンボールも鬼人族の身体能力なら数球練習するだけでマスターしてしまう。
逆方向にバウンドするため、返し難い球種の一つとされている。もちろん、ちゃんとした返し方も存在してるが鬼人族であるシャルには関係ない。
自前の身体能力で強引に返す。アウトにならないよう手加減をしてだ。全力で打ち返すと、鬼人族のバカ力ではアウトになってしまう。
「姫様、甘いです。わた飴よりも甘々です」
「ふん、そっちこそ甘いわ。そこに返す事を待っていたのじゃ」
シャルの逆方向ギリギリを狙った。普通なら取れないとされる玉を鬼人族の身体能力によってシャルは間に合い返す事が出来た。
だけども、高く上げてしまいアリスにとって絶好のチャンスボールだ。浴衣がはだけるのを覚悟の上、思いっきりジャンプをした。
「ワッハハハハ、喰らうが良い。我が渾身のスマッシュを」
まるで隕石が墜ちて来たかのようなスピードと重さにシャルのラケットは弾き飛ばされてしまった。




