127食目、マーガリン
「お兄様、いつの間にかにパンが失くなってしまいました!」
「フゥよ、私のパンもだ。いったい何処に行ったと言うのだ?」
手元に今まであったマーガリンを塗ってある食パンが、いつの間にか忽然と消えたと錯覚している。
「美味しそうにお食べになされてましたよ」
「「そんな!バカな!」」
食べた本人すら食べた実感がないらしい。二人共にもう一度トーストにマーガリンを塗り食す。そうすると食パンを食べた二人には、またもや忽然と消失したかのように感じている。
「おそらくですが、お二人は森精族なので、植物由来の油で作られたマーガリンを余計に美味しく感じるのでしょう」
マーガリンは植物性と動物性の二種類に分けられるが、今回は植物性のマーガリンをご用意した。案の定、森精族の舌に合ったようで予想以上の反応を見せてくれた。
因みに日本での規格で油脂が80%以上がマーガリンで、油脂80%以下でファットスプレッドと呼ばれている。スプレッドが塗り物という意味だ。
「こ、これが植物から作られたものだと!」
「信じられないです」
カズトも知識ならあるが、今直ぐに作れと言われれば到底無理な話だ。個人で作れるものではない。
「こちらもお試しにどうぞ」
「これは随分と黒いな。パンに塗って食べられるのか?」
「えぇ、おそらくマーガリンよりも驚くかと」
「お兄様!黒い色から想像出来ない程に甘いです。頬がとろけるようです」
俺が勧めたのは、食パン用のチョコクリームだ。カズトを含む勇者達なら一目見て甘そうだと味の想像は出来るものだ。
しかし、初見でこれを甘そうと想像出来るものだろうか?おそらく否だ。
例えば、昔に何年か昔に流行した〝白いカレー〟が最も解りやすい例に違いない。一見シチューにしか見えない外見なのに、実は辛いのだ。初めてだと驚くだろう。
「ほぉ、これは見た目だけだと誤認されるなぁ。嬉しい誤認だ」
「チョコレートクリームと言いまして、これもとある植物から作られております」
「なんと!これも植物からかなのか!信じられん」
正確には、生クリームやバター等の乳製品も材料として使用されてるが乳製品と言っても伝わらない。カズトが、こちらに召還されてから早六年経とうとするが、牛乳を含め動物の乳を加工したと話は聞かない。
おそらく、こちらの世界では牛乳を含め動物の乳は飲む事しか発想がないのだろう。
「実に美味しそうなものを食べておるな」
「父様!」
「父上!」
「余も同席しても宜しいかな?」
「はい、こちらへどうぞ」
トーストを塗るものを変えながら無我夢中で食べてるフルーイ殿下とフゥ様の席にフレイ閣下が突然と来た。
少々驚きはしたが、カズトは表情に出さず自然と椅子を引きフレイ閣下に着席させた。
「"剣の勇者"殿、息子と娘と同じものを頼む」
「はい、畏まりました」
フレイ閣下の目の前にて紅茶を優雅に注いで行く。紅茶を入れるカズトの様子をフレイ閣下は、片時も目を離さずに凝視していた。
「流石は"剣の勇者"殿だ。紅茶の入れる姿は、まるで芸術。香りは……………実に素晴らしい。香りを殺さずに完璧に生きている」
「紅茶は、香りが命ですから。香りが死ぬと味もダメになります」
バンバン
「ぐっわはははは、分かってるでないか!」
外見と反して豪快な森精族のようだ。笑い声と共にバンバンと背中を叩かれてジンジンと痛む。
「お待たせしました。こちらが、フルーイ殿下とフゥ様がお召し上がりになられてる〝トースト〟でござます。お好きなソースをお塗りくださいませ」
「種類が多岐に渡り悩むな。お前達は何を塗ったのだ?」
「父様、先ずは〝マーガリン〟をお試し下さい」
「この〝マーガリン〟とやらをどうするのだ?」
「こうするのです」
実の娘に教えられフレイ殿下の表情が緩んでる。いや、緩み切ってる。頬が幾分か重力に従うように下降し、鼻の下が伸び切ってる。これぞ、親バカという構図が出来上がってる。
内心では、若干引きぎみのカズトも不敬にはなりたくないので外見上、微笑みを崩さずフレイ閣下の斜め後ろにて待機してる。
(やはり何処の世界でも男親は、娘が可愛くて仕方ないのか)
待機きてる中、ふいにフルーイ殿下と目が合った。フルーイ殿下がニコニコと満面な笑みを返して来た。まるで『父上は、フゥを溺愛してますから』と視線で語りかけて来てる風に思ってしまう。
「美味だのぉ。美味過ぎて目頭が霞んでくるわい」
いやいや、それは嬉し涙ですよ。どんだけフゥ様の事を溺愛してるんですか!と、ツッコミたいが不敬罪になりかねないので口に出さない。




