126食目、トースト
「驚きました」
「あぁ、私も呆然としてしまった。こんな入れ方があるとは知らなかったよ」
フランベを用いると匂いを追加する事が出来、紅茶をワンランク上げる事が出来る。でも、素人には危険で火傷や火事の可能性があるのでボーロとその部下には教えていない。
真似しようにも簡単には出来ないはずだ。カズト的にも簡単に真似されては困る。
まぁ質の悪い酒でやっても悪い匂いを付加させてしまい、余計に不味くしてしまうのをカズトは理解してるので、真似て入れられても粗末なものが出来上がるだけだ。
「ほぉ、面白い入れ方をする。我にも入れてくれぬか?」
「これはこれはマーリン様。どうぞ、今お入れしますので少々お待ちくださいませ」
ちょっと驚いたが、会釈をし椅子を引くとマーリン女王を椅子に誘導させ座らせた。
フルーイとフゥは驚いてる様子だが、マーリン女王は気にする様子もなく、紅茶を入れるカズトの手元を興味深く拝見していた。
「どうぞ、お召し上がりくださいませ」
「我も紅茶には五月蝿いわよ」
ゴクンとカズトが入れた紅茶を一口飲んだマーリン女王が纏う威圧的な雰囲気が一瞬和らいだようにカズトは感じた。
フルーイとフゥも、口に出さないがその変化に気付いた様子で幾分か安堵してる風に見える。
「お見事だ。こんなに美味しい紅茶は初めてかもしれぬ。我は満足なのよ。世界会議メープル終了後、我の城で料理人として働いて欲しいのよ。今、稼いでる三倍は出すわよ?どう、好条件でしょ?」
「…………………いえ、それは止めて置いた方が良いでしょう。おそらく私を専属で雇うと………………戦争になりかねませんよ」
カズトの言葉に最初はポカーンと口を開け茫然としてるマーリン女王だが、数秒後に思い出したようだ。カズトが、どんな立場なのかを。
「そうか、そうだったわね。失念をしていた。先程の言葉を忘れておくれ」
「その代わりとして私のお店にご来店して下さいましたら、一生忘れぬサービスをしてあげましょう」
「ぷっくわははははは、これはこれは一本取られた気分になったわよ。えぇ、世界会議メープルが終了次第にお邪魔するわ」
紅茶を最後まで飲み切ったマーリン女王は、満足そうな表情で席を立ち他の料理を取りに行った。
マーリン女王がいなくやった席は、まるで台風が過ぎ去った後のように静かだ。
「フルーイ様とフゥ様、大丈夫でしたか?」
マーリン女王が離れた時を見計らい緊張からか無言な二人に声を掛けた。カズトでさえ、内臓が口から出そうな程に驚いたのだから。
マーリン女王が店にご来店した際を考えると、今から胃がキリキリと痛くなる。
「えぇ、大丈夫です。それにしてもマーリン様が紅茶を楽しまれると驚いていただけですから」
「マーリン様も紅茶を飲まれるなんて感激です」
この世界では、紅茶は神樹の森フリーヘイム原産という事になっている。というのも、世界樹に認められた者しか入れない野菜と果物の楽園にしか生えていないらしい。
だからなのか、森精族は紅茶好きな者には好意的に接する者が多い。それを分かってマーリン女王は、わざとこの席に来たのかもしれない。
「貴重な時間を使ってしまったお詫びとして、こちらをお使いくださいませ」
「これは?」
「〝トースター〟と呼ばれる魔道具でございます。白いパンをコンガリと焼くのです」
「焼いてあるパンを更に焼くのですか?」
疑問に思うのは最もだ。食パンみたいに白くてフワフワなパンが貴重な世界だと、おそらくトーストすると食えなくなると想像してしまう者が大多数だろう。
「大丈夫ですよ。表面はカリっと違う食感になり、中はフワフワよりもモチっとした食感で更に美味しく頂ける事絶対でございます」
食感が違うと同じ食べ物でも違う味に感じる。
焼き上がるまで、2分~3分は掛かる間にカズトは、紅茶のお代わりや他の場所へと接待していた。
食パンが焼き上がる時間になったようでポンっと食パンのミミが飛び出た。良い焼き具合で小麦の良い匂いが鼻まで届く。
「熱いですので、お気をつけてくださいませ。宜しければ、こちらの〝マーガリン〟をお塗りになさってからお召し上がりくださいませ」
「お兄様、〝マーガリン〟とやらがパンの熱で溶けて……………」
「あぁ、色合いが夕焼けみたく神々しい。それに……………香りが何とも芳ばしい」
フーリエとフゥが香りを楽しんだ後、それは一瞬の出来事であった。瞬きの間にフーリエとフゥの手の内にあったマーガリンを塗ったトーストが失くなっていた。




