125食目、柔らかいパンと紅茶
席に着いたフゥは、料理人の言う通りに最初は何も付けずに食パンを食べてみた。
モグモグと咀嚼しゴクンと飲み込むと、ブワッと目の前に風で揺れる小麦畑が拡がってるかのような錯覚を覚える程、小麦の匂いが際だっている。
あの硬い黒パンでは絶対にあり得ない程に美味しいのに加え、今まで味わった事ない位に柔らかくモチモチとしている。
フゥは自然と笑顔となり一口一口をゆっくり噛み締めながら喉奥に飲み込んでいく。
「フゥ、そんなに美味しいのかい?」
「お兄様!はい、食べてみれば分かります」
硬い黒パン以外のパンなんて神樹の森フリーヘイムでもお目に掛かれないというより輸送費用を加えると、とんでもない値段になってしまう。
王族でも片手の指と同じ数程食べただけで国家予算を軽く上回ってしまう。
「どれどれ」
フゥ程にないにしろフルーイも同じ森精族なため、好奇心はある方でフゥの皿に大量に積まれた食パンに手を伸ばした。
最初は指先で軽く押し、フワフワの感触を楽しむ。充分に楽しんだ後、細かく千切り口へ放り込んだ。モグモグと咀嚼し、フゥと同様小麦の香りが鼻腔を抜け、目の前に風に扇ぐ小麦畑が見える。
いや、錯覚だ。魔法による幻や怪しい術じゃなく、純粋に小麦の美味しさを極限までに高めてると言っても過言ではない。
フゥが産まれる前に一度だけ、この白くフワフワなパンに似てるパンを食べた事がある。
そのパンは【白の秘技】と呼ばれる魔法で作られた物だったらしいが、それよりも断然こちらの方が美味しい。
「お兄様、こちらを付けても美味しいです」
「これは?」
何やら小さな入れ物に入ってる。蓋が開けてあるからか甘そうでいて果物の香りが鼻をくすぐる。
「〝ジャム〟と言うそうです。パンに付けると美味しいですよ」
「ほぉ、フゥが美味しいと言うのだから美味しいのだろう。私にも付けておくれ」
フゥが塗ったのはイチゴのジャムだ。食パンの白が赤く染まり、ちょこんと果実が乗ってるところが可愛いらしい。
フゥから手渡されたイチゴのジャムを塗った食パンをジャムが溢れないようフルーイは、今度は千切らずパクっと食い付いた。
口の中に広がる仄かな砂糖の甘味とイチゴの酸味が絶妙に調和してる。今まで食べた事のない味に感激だ。これは、もしかすると紅茶にも合うのではないか?!
「フゥよ、その〝ジャム〟とやらを私の紅茶に入れておくれ」
「紅茶にですか?確かに合いそうです!」
森精族にとって紅茶が一番身近な飲み物だ。
世界樹の許可がないと入れない野菜と果物の楽園には、食用の食物だけでなく紅茶に使う様々な茶葉も自生している。
もちろん料理が出来ない森精族には、紅茶を入れる芸当は到底出来ないが、他国から雇った他種族に入れて貰ってる。
「この紅茶………………今まで飲んで来たどの紅茶よりも香りが良く美味しいです」
「そこの料理人に聞いたんだけど、"剣の勇者"殿もお入れになるようでね。入れ方を習ったそうだよ」
紅茶は、茶葉だけで十数種類に及び、そこに入れ方の違いを入れると数十種類と莫大になる。
そんな中からカズトがボーロの部下に教えたのは、ジャムと相性が良いロシアンティー、カップにジャム入れる方法とジャムを少量口に含み飲む方法の二つがある。
フルーイは、カップにジャムを入れる方法で飲んだ。紅茶の香りとイチゴの酸味が相まって美味しさを際立たせている。
「お楽しみでございますか?」
「"剣の勇者"殿、この紅茶〝ロシアンティー〟と言ったかね。とても美味しいよ」
「ありがとうございます。お気に召されたご様子、ご興味がおありになれば他の紅茶をご賞味していただければと思いですが、どうでしょう?」
「"剣の勇者"様が直接入れてくれるのですか?!た、楽しみです」
「妹もこう言ってる。ぜひ頼もうか」
「畏まりました」
カズトが選んだ茶葉は〝ニルギリ〟、地球のインド南部原産の紅茶の一つで、やさしく爽やかな香りと程好い渋みが特徴だ。ストレートで飲んでも良し、色んなフレーバーで飲んでも良しな飲み方が分かれる紅茶だ。
フルーイとフゥの目の前で、ロシアンティーを入れていく。カズトの動作一つ一つが精練されており、まるで芸術のようだとフルーイとフゥは、視線を離す事が出来ず見惚れている。
「これは前と飲んだ紅茶とどう違うのかな?」
「焦らないでください。ここからです」
カズトは、慣れた手つきでティースプーンに角砂糖を二個乗せ、そこにブランデーを数滴垂らし染み込ませた。
そして、ブランデーを染み込ませた角砂糖に火を点けたのだ。香り付けをする料理技法の一つ、フランベだ。
フランベした角砂糖を、そのままティーカップに投入させロシアンティー同様イチゴジャムを入れれば、〝テ・ロワイヤル〟の完成だ。




