118食目、シュークリーム
ガクガクブルブルとタマモの【恐】から解放された後もカズトの震えが止まらない。勇者ながら情けないと自分でも思うけど、本当に死ぬ事よりも怖い事を体験した後では仕方ない。
「タマモよ、お主のせいで子犬のように震えてるでないか」
「だってぇ~、こんな風になるとは思ってなかったんだもん」
「だもんって年を考えろ。恥ずかしくないのか」
勇者は、様々なステータス補正により様々な耐性を身に付けている。はずなのだが、その強過ぎる耐性が逆に仇となり、タマモの傀儡になる事も気絶する事も許されず耐えてしまった。
耐えてしまった故に、死ぬより厄介な恐怖という概念を越えた何かを味わう事になった。普通ならここまで至るまでに傀儡か気絶してしまう。もしも、この段階に至っていたら常人なら廃人と化している。
だけど、勇者のステータス補正による【恐怖耐性】によりカズトの心が死なずに済んだ。この経験により確認する余裕はないが、何か耐性の経験値が上昇したようだ。
当分は確認せずにいよう。今回の事を明白に思い出し発狂するかもしれない。
「ハァハァ、フォルス様。タマモさんは、反省してるようですし、怒りはごもっともですがそれくらいで」
「カズト殿が、そう仰るのであればやめましょう。さて、カズト殿は何を出してくれるのか?楽しみじゃのぉ。グフィーラ王らと違うもので頼むぞ」
ギクッ!先手を打たれてしまった。カズトがアイテムボックスから取り出す手前で追加の注文がなされた。プリン以外でとなると、まだ試作段階であるが………………プリンと同様これを嫌いな者は滅多にいまい。
「では、こちらはどうでしょう?まだ当店で出しておりません。〝シュークリーム〟と言いまして甘くてトローリと舌の上でとろける事間違いなし」
「ふーん……………こじんまりとして、パッとせんな」
「フォルちゃん、カズちゃんが出して来たからには………………きっと美味なのよ」
ただ単に皿に乗ってるだけで特にトッピングしてる訳ではないから知らない者が見れば、見た目地味に見えるかもな。
甘いクリームの匂いはシュー生地で遮断され、獣妖族の嗅覚でも分からないみたいだ。
「では、頂こうとするかの」
「いただくのよ」
パクりと半分程口に含んだ。破けたシュー生地から生クリームとカスタードクリームが溢れ、ちょうど良い割合で口の中にて混ざりあった。
外見とは裏腹に中から予想以上に入ってるクリームの濁流にフォルスとタマモは驚きと幸せの表情を隠せないでいる。
ゴクン
「うっまぁぁぁぁぁぁぁいなのじゃ」
「何よ……………これ!こんなの反則じゃないのよ」
ぶっくくくくく、どうやら満足したようで何よりだ。だけど、まだカズトにとって満足の行く出来じゃない。
シュー生地はほぼOKとして、クリームの味の調整に手間取ってる。色々試してはいるが、カズトの舌がGOサインを出してくれない。
でもまぁ、目の前の二人のように初見で食べる者にとっては合格ラインだろう。
「もっとないのかぇ」
「そうなのよ。もっとちょうだいなのよ」
「甘味ですからあんまり食べますと………………肥りますよ」
「「うぐっ!」」
やはり女性には肥るっていうキーワードは効くみたいだ。まぁ甘味だけではなく、食い過ぎは肥満の原因になるし栄養管理は気を付けるべきだ。
「そ、そんなに悲しそうな顔をしないでください。お帰りの際に手土産として持たせますから」
「約束だぞ」
「イナリズシもよろしくなのよ」
やはり九尾の妖狐だからか、晩餐会で初めて食べたものの最初から好物だったかのように大好物になったようだ。
こんな事もあろうかと思い、普段からアイテムボックスには腐食防止のため時間停止機能付きのランチボックスを大きさに合わせて何種類か持ち合わせている。因みに作成者はミミである。
「これで用事の半分は済んだのよ」
「えっ?半分?」
てっきりこれで用事は済み自分に宛てられた部屋へ帰る気まんまだったので、数秒硬直してしまった。俺に何をやらせるつもりなのか皆目検討つかない。
俺が出来る事は、勇者として護衛や戦闘に関する事とみんなに披露したように料理を提供する位なものだ。
デザートとしてシュークリームを提供し、手土産まで約束させられたのだ。他に何があるのだろうか?
「風の噂で〝まっさーじ〟とやらが得意だと聞いたのよ」
何処でそれを?確か俺の身内しか話していないはず。で、身内にしか施術してないはずだ。
もしも身内の誰かが誰かに話していたなら別だ。まぁでも特に秘密にしてる事でもないので問題はない。




