SS8-1、スゥの1日
スゥはレストラン〝カズト〟に突如来た粘体族である。何処から来たのか不明で、名前も最初は無く、カズトがつけてあげたのだ。
今では、食器類・包丁・まな板・お鍋等々をピカピカに洗うだけでなく、食堂のフロア・大浴場・客室等の清掃を一人でまかなってる。それにゴミ処理をしてるのもスゥである。
一見大変そうに見えるが、粘体族であるスゥにしか出来ない固有技術がある。
それは【分身体】というもので、自分自身の分身を生み出す事が出来る。その分身をそれぞれ散り散りに散らばせる事で、スゥ一人でも短時間で出来る訳だ。
スゥにとっては、仕事というより食事に近い。毎日これ程、鱈腹に食事出来るのは少ない。
それにカズトとその奥様達の笑顔が、スゥにとって何よりのご褒美というより今現在の生き甲斐となっている。
「ココハコレデオワリノヨウデス」
【分身体】である一匹が客室の一部屋の清掃を終わったようだ。【分身体】と本体であるスゥは常に共有しており、何処で何をしてるのか?が分かるのだ。
この世界では、カメラはないので勇者以外の者だと伝わらないけど、スゥの【分身体】は監視カメラの役割も知らず知らずに担ってる。
視覚も共有してるので、食事の合間に怪しい者はいないか、侵入する者はいないか等見てたりする。
「キョウモオキャクサマガタクサンキテマスネ」
スゥは、レストラン〝カズト〟に来てからしか知らないが、客が来なかった日は皆無だ。お客様が来れば来る程に洗い物やゴミが出る=スゥの腹が満たされ万々歳なのだ。
一番の大好物は、カズトが作った料理が乗ってた皿の汚れだ。これがスゥにとっては美味でキレイになってからも、何回も舐めてしまう程に。
「スゥ、これ頼むわね」
「ハイ、ドロシーオマカセクダサイ」
ドロシーが器用に天井につきそうな程に積んだ皿を運んで来た。どの皿もキレイに食されており、タレや油汚れで汚れている。
洗剤を使わずに洗うのは至難の技だ。だけど、この汚れ全部スゥにとっては食べ物にしか見えない。
生物で言うところの口から汚れがこびりついた食器を入れるのではなく、半透明な体の何処からでも体内に入れられ数秒で一枚の皿がキレイになって出てくる。
カズト視点で見たら、一家にスゥ一匹だ。
スゥが働いてから、ふと疑問に思った事がある。人間の習慣に詳しくないスゥだけど、主に店が混みやすい時間が一日三回ある事に一週間程度で気付いたのだ。
日が登り外が明るくなる朝は、ここに泊まってるお客様の食事で混みやすい。これは、何となく理解出来る。
日が暮れて外が暗くなる夜は、泊まってるお客様に加え、働いて腹がペコペコになったお客様が来るから、混む事は理解出来る。
だけど、一日の真ん中辺りの時間に混む事に、いまいちスゥには理解が追い付いていない。この時間帯に厨房から覗いて見ると、男性より女性の方が多い気がする。
それに、この時間帯に来るお客様が食べてる品から甘い匂いが漂って来る。この時に来る洗い物も皿に残ったクリームによる甘い味がしてくる。
前まで住んでいた所は、甘味なんて皆無でむしろ味は二の次だ。どうやって食料を確保するのが先決になってくる。周囲には、高レベルな魔物ばかりで食うか食われるかの二択であった。
スゥを含める粘体族は、【擬態】も使えひっそりと暮らしていたが、スゥは一族の中で変わり者と呼ばれ孤独であった。
もう味気ない食事には、飽き飽きでもっと刺激的な味がする食事をしたいため一族を抜け、旅をしてたどり着いた先がレストラン〝カズト〟であったのだ。
適当に旅をしていたので、一族が何処にいるのか?そもそも自分が産まれ育った地域の名前が分からないので帰りようがない。まぁ今は、この場所の居心地が良すぎて帰る気さらさらない。
「スゥ、お疲れ様」
「カズト、オツカレサマデス」
スゥのご主人であるカズトに話し掛けられて、つい笑顔になってしまう。粘体族なので、表情の変化は解り難いがカズトは解ってくれるようで、度々撫でてくれる。
粘体族であるスゥには、触覚はないはずなのにカズトに撫でられる感覚はある。
気持ち良くて瞳を細め何時までも撫でて貰いたい欲求が沸いて来る。でも、スゥからは撫でて欲しいとは言わない。
これは、あくまでご褒美で自分から言ってしまえば、ご褒美ではなくなってしまう。
毎日のように食事を頂いてるのに、我が儘を言ってられない。それに普通は粘体族を雇うなんてあり得ない。汚いとか気持ち悪いとか言われるのが関の山なのだ。
それを雇ってくれただけで、カズトには感謝しかスゥは感じていない。




