SS1-5、帝国の三勇者~拳VS歌、そして決着~
リンカとココアはお互いに距離を取った。いつもならリンカは近距離で戦うのだが、相手がココアの場合だと状況が変わって来る。
音を媒介にして攻撃をしてくるココアに対して初手で近距離は愚策となり得る。
音の速さは一秒におよそ340mと言われている。そんな速度で攻撃出来る相手に近距離で挑むなんて自殺行為だ。
まぁ目視出来る範囲なら全て攻撃範囲になり得るので、どんなに距離を取っても本来なら無意味だ。
だけど、リンカなら見切りカウンターを入れる事なんて造作もない。距離を取ってもほんの0.01秒の差位だけど、時間は稼げる。その時間で相手が動いた際の大気の揺らぎや音の方向等を見極めカウンターを入れる。
ココアも相手の戦略は理解してるが、ココアの聖武器の特性上距離を取った方が勝率を上げられる。
いくら速いといっても、やはり初速度は遅くなってしまう。ほんの0.1秒の差だけど、その隙をついて来るのがココアの知る相手だ。
一瞬の隙が命取りになるとココアは相手を称賛している。やはり経験では圧倒的にこちらが不利だ。
地球にいた頃から相手の噂は聞いた事があった。自分はアイドルで相手は格闘家、活躍する舞台は違うがテレビでインタビューを受けてる姿を拝見した事がある。
興味を持った相手の試合を態々変装し、スケジュールにどうにか休みを入れて見に行った事がある。テレビで見る試合よりも迫力満点で、こちらが引き込まれる感覚に陥る事が何度かある。
だから、相手の戦法や考え方が手に取る事が出来る。地球にいた頃、仕事の合間を縫って相手と相手がやってる武術を研究していた。
「ココアから来ても良いです…………よ?」
「後悔しても知りませんわよ」
ココアは、リンカがやろうとする事が分かってる。リンカは、きっとカウンターを叩き込むつもりだ。
ココアの作戦は単純、カウンターを叩き込まれる前に音速での一撃を叩き込む。地球に加え召還されてから、ココアのクセや動作等々をずっと研究してきた。
もはやリンカにとってリンカに負ける要素はないつもりだ。それなのに負け越してる。リンカもリンカでココアのクセや筋肉の動き等々を見てるため、しょうがないと言えるだろう。
「では、行きますわよ【音速移動】」
これで一定時間音速で移動が可能となる。普通なら初速からでも見失う者が多数いるはずだ。ただし、リンカは武術のプロであり勇者になってからは更に、その力に補正が掛かり近距離なら無類の強さを得た。
いくら速さを上げ姿が見えなくとも視覚以外の情報で相手を捉える事は簡単だ。だけど、今回は少し違った。
「……………そこ」
ココアがいるであろう空間に普通の正拳突きを繰り出した。今のリンカの正拳突きは必殺になり得る。リンカの音速に加え、リンカの全体重を乗せた正拳突きは普通なら即死だ。
だけど、狙いを定めたはずなのに空を切った。即ち、外れたのである。前までは、この一瞬で勝負が決まっていたはずなので僅かにリンカは動揺してしまってる。
(……………うふふふふ、驚いてますわね。これぞ名付けるなら【音クッション】ですわ)
ココアは、リンカが正拳突きを繰り出す瞬間に音速にて方向転換したのだ。足裏に音を貯めて空中でも方向転換出来るよう密かに開発していた。
それもリンカに勝つためだけに生み出した秘策。それだけのために開発した技だ。なので、今回は勝たせて貰うつもりなのだ。いや、絶対に勝つ。
正確な場所を割り当てられないように【音クッション】をピンボールみたく連続で使用し複雑な軌道を描く。
使う度に【音クッション】には、ココアに思い掛けない福次効果を与えていた。【音速移動】だけでは超えられない音速の壁を徐々にだが、超えようとしていた。
(……………もうそろそろ良いかしら)
これ以上スピードをあげるには、限界になりつつあった。これ以上あげると体に相当な負担が掛かるし、スピードに思考が追い付かなくなる。つまりは、自滅になりかねない。
(……………行くわよ【ソニックメテオ】)
「ふっ、ココアは甘いのです。攻撃が単調で読みやすいのです」
(………………リンカが笑ってる?)
リンカが最後に記憶していたのはココアの不適な笑みだ。それを最後に意識を手放していた。即ち、負けたのはココアである。
そして、今ココアの目の前にはリンカの顔がある。それも上を見上げた状態でだ。頭の下に何やら柔らかい物があるような気がする。でなくて、実際にある。
これはもしかして、リンカの膝なのか?そうすると膝枕をされてる事になる。
「うわっ!ご、ごめんなさい」
ココアは羞恥心からか顔面ゆでダコのように真っ赤に染まり、いきなり起き上がったもんだから、ココアとリンカの頭はゴッツンと勢い良くぶつかったのである。




