SS5-5、猫又の行商~滑瓢四郎がぬらりと登場~
三人は声をした方へ振り向いた。そこには継ぎ接ぎだらけの和服を着た老い耄れの男がいつの間にか座っていた。
気配は感じず、声を掛けられるまで誰も気づかなかった。そもそもここに入る事事態が不可能なのにだ。まぁ他の者なら不可能だろう。が、三人の目の前にいるこの男だけは別だ。
「クソジジィ、どうしているのかや。呼んだ覚えなどないのだがのぉ」
「姐さん、まさかこの人が━━━」
「えぇ、この人は人間から獣妖族になったとされる種族…………滑瓢族の王、滑瓢四郎」
「あんたには聞いてねぇにゃ」
「シクシク、ライちゃんが虐めるのよ」
「ふぉふぉふぉ、何回来ても飽きないわい。ゴクゴク」
誰にも気付かれずに盃を手に持ち〝純米大吟醸〟を口に運んだ。
滑瓢族は、ぬらりとひょろりと何処にでも現れては消える。まるで幻を具現化したような……………そんな獣妖族だ。
その王である四郎は刀を得意とし、常に刀を杖に偽装してる仕込み杖を手に持ってる。相手の攻撃をひらりと回避しカウンターを狙う戦法を得意としている。
「あっ!このクソジジィなに飲んでやがる」
「良いじゃねぇか。あんたの方が歳上のクセによ。ケチケチすんなよ。そこの姉ちゃんお酌してくんな」
「はいにゃ、お爺様」
「ライちゃん、騙されないで!」
四郎が手に持つ盃にライファンが〝純米大吟醸〟をトップトップと注ぎ込む。ライファン自身は自らの異変に気付いていない。四郎によって操られてる事に。
これが四郎が持つ【怖】の一つで格下相手なら相手に気付かれずに操る事が可能だ。不自然な行動でも気付かずに行動させてしまう。
「ふにゃ?あれ、タマ姉?どうしたのにゃ?お爺様、極上のお酒ですにゃ」
「ふぉふぉふぉ、タマモや。無駄じゃよ、良く解っておるじゃろう。儂の【怖】の力を」
タマモがライファンに声を掛けても首を傾げるだけで、四郎にお酌を続ける始末。四郎が【怖】を解除しない限りライファンはずっと四郎の命令を聞いたままだ。
「ふぉふぉふぉ、戯れもここまでにするかの」
パッチン
「ふにゃ?我は一体何をしてたのにゃ?」
パッチンと四郎が指パッチンをすると、それが解除のキーになったようでライファンは正気に戻ったようだ。
タマモが四郎に何をされたのか、かくかくしかしかと事細かに説明した。説明されても夢から覚めたかのように操作された時の事は忘れて行く。
よって、なかなか理解出来ないでいる。四郎にお酌してた事も数分前なのに記憶が曖昧だ。
「このジジイ怖いにゃ」
「ふぉふぉふぉ、すまんのぉ」
四郎の頭にたん瘤と目の周りに青タンが出来ている。ライファンの代わりにタマモと不死鳥女王フォルスがボコボコにしてやった。
バキバキと拳を鳴らすタマモ。
「それで謝ってるつもり?もっと心を込めて欲しいのよ」
「ひぃぃぃぃ、もっと年寄りを労らんか!」
「そういう理屈じゃと、妾も年寄りになるのぉ」
「タマモも年寄りになるよ?」
反省の色を見せない四郎に【怖】を使い痛め付けていく。【怖】は【怖】同士でないと防げないし、攻撃出来ない。
「わ、儂が悪かった。この通りだ。許してくれ。ライファンじゃったか?つい、可愛い娘を見ると…………やっちゃうんじゃよ。儂の悪いクセじゃ」
「我、可愛いいにゃ?」
「別嬪さんだと儂は思うがの」
「それにゃら許すにゃ」
良いのかよとタマモと不死鳥女王フォルスは突っ込む。だけど、タマモは特に気にした様子はなく、四郎と意気投合したしまった。
お酌した時と違い【怖】は使ってない様子。自然と話し、まるで昔からの友達のようだ。これが商人の力なのか、誰でも分け隔てなく仲良くなってしまう。オババ様とか苦手なヤツはいるが。
「ふぉふぉふぉ、気に入ったぞ。今度来た時に儂のところにも頼む。入れるようにしとくからの。そうじゃ、用事があるの思い出したわい。オババ様からの伝言じゃ。『早く来い』と、それで儂が連れて来るようにと。全く獣妖族使いが荒いやっちゃ」
「ふにゃ!オババ様、どんだけ我を逃がさない積もりなのにゃ!」
驚愕の事実に口から思いっきり〝純米大吟醸〟を吹き出すライファン。もう王一人でも逃げられないのに、二人となれば絶望的だ。タマモなら拝み倒せば、まだ希望は少なからずあった。
だけど、四郎からは逃げられるビジョンが浮かばない。今日初対面だが、噂だけなら耳にした事がある。オババ様は例外として不死鳥女王フォルスの次、八王のナンバーツーの実力者という話だ。
「さてと、行くかの」
「どうしても行かないとダメにゃ?」
「連れて来なかったら儂がオババ様にこっぴどく怒られてしまうわい」
四郎は暴れないように、ひょいとライファンを脇に抱え込む。一見、老害のようだが腕っぷしは意外に強くライファンが暴れようともびくともしない。
ライファンは四郎と共にぬらりゆらりと姿が消えたのであった。




