三つ巴・オーサカ-ブラック・ジェリーその7
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「起きてっ!おねーちゃん!起きてっ!!」
ガクガクガクと、一切の遠慮無く激しく体を揺すられ、ようやく時雨は意識を取り戻した。
うっすらと時雨が目を開いた事を確認した声の主は、嬉しそうに声を上げる。
「良かったぁ……!このまま起きなかったら、働き損だったよー!もう国に慰謝料請求するレベルのね!」
焼けついて機能を失っていたと思われていた時雨の耳に、その聞き覚えのある少女の声はよく馴染み、急速に時雨の意識を覚醒させていった。
「……!雫……、か……?」
先程まで1ミリも動かなかった顔は驚くほどすんなり動き、顔を上げて自分の前に立つ少女の顔を見た。
快活な笑顔を浮かべた、ポニーテールの少女。
カラフルな雫の模様が編み込まれた服は、あの日見た物と同じ。
死んだ時雨の妹、雫がそこにはいた。
時雨は立ち上がり、自分の顔を笑顔で見上げるその顔をまじまじと見つめた。
「生きてる……わけじゃないな。ちゃんと「あの時」確認したから」
「うん……そうだけど。そんな冷静な状況分析じゃなくて、もっと感情的になって涙を浮かべながら抱きついてくる場面じゃないの?これ?」
「私がそういうキャラじゃないのは知ってるだろう」
「いや……、まぁ……、そうだけどさ」
雫の時雨を見る目が、「あぁ、やっぱり姉さんはこんな状況でもいつも通りなんだ……」という、落胆の物にかわっていく。
「いやいや、嬉しいことは嬉しいさ。こうして妹に会えたんだ。宝くじが当たったくらい嬉しいぜ」
「どうせ100円くらいのでしょ?」
「………、まぁその減らず口も、いつも通りだな……」
普段の時雨ならばここで言葉をさらに返し、下手すれば雫との口論に発展していたところだったが……。今日はそれどころでは無かった。
「しかし……、そうなると、私は死んでしまった事になるのか?」
「………いや、まだお姉ちゃんは死んでないよ。8割死んでるけど。でも、まだお姉ちゃんの意思しだいで、戦いを続けられる可能性もなきにしもあらずんばよ」
「………ふざけないでちゃんと説明してくれないか?」
「おおう、鬼の形相だね……。まぁ、お姉ちゃんに余裕が無いのもわかるよ。このままだと、本当に殺されちゃう。お姉ちゃんの「復讐」も、志半ばで終わっちゃうもんねー」
「………」
おそらく、雫は知っているのだろう。
時雨が、どうして復讐なんて事をしているのかを。
しかし、雫はその点に関してこれ以上一切触れなかった。言葉に出さなかった。
それが時雨にはありがたくもあったし、どこか煮え切らない所でもあった。
いっその事、雫がこの復讐を望んでいるのかどうかが分かれば、安心してこのまま死ねるのかも知れないし、より一層強い思いを持って、黒瀬に立ち向かえるかもしれない。
「お姉ちゃんが現実に戻るためすることはただ1つ。目を閉じて、現実に戻りたいと思うだけ……。次に目を開ければ、汚い泥水みたいな雨水がお姉ちゃんをお出迎えしてくれるよ」
そうだ。このまま現実に戻っても、黒瀬に勝ち目があるのか。
今現実にあるであろう時雨の体は、黒瀬によって強烈な電撃を浴びせられ、瀕死の状態だ。だれがどう見ても、勝ち目は薄いだろう。
(それに私の能力はあそこまで近付かれると能力を最大限発揮出来ない………。)
考えれば考えるほど、現実に戻る理由が無くなっていく。
「………お姉ちゃん、お姉ちゃんは、1人で大阪に来てないでしょ?」
「……!」
難しい顔をしている時雨を見かねてか、雫が声をかけた。
「お姉ちゃんのお仲間さんも、今戦ってる。それでね、その距離はお姉ちゃんが戦ってる所と、だんだん近くなってるんだよ。不思議な事にね。多分あの掃除人さんの破壊力が強すぎるからだと思うんだけど………」
時雨には、雫が何を見ているかわからなくなってきた。
姉の事を気遣い喋る雫が、自分よりずっと年上に見える。
「それに、お姉ちゃんの本来の目的は何?私情を優勢して、本来の目的が達成出来ないんじゃ、だめだよねー」
根本的な所を、雫はグサグサとついてくる。
(そうか……、戻る理由が私の「中」に無くても……。私のせいで残して来てしまった理由もある……。復讐にとりつかれて、周りが見えてなかった私のせいで……)
「そう簡単に、「楽にはなれない」って事だよ。お姉ちゃん。お姉ちゃんはたくさん人を殺して、たくさんの人を悲しませて来たんだ。お姉ちゃんはもう、底なしの「闇」に、全身どっぷり浸かっちゃってるんだよ」
「うん……、そうだね」
痛い、心が痛い。
今になって、自分がしてきた行いの重さを、時雨は自覚出来た気がした。
「もうちょっと……、頑張って来てみるよ、雫。……いや、「頑張らないといけない」のかもね……」
「………」
「きっちり現実に決着つけてから、また来るよ。雫」
「……うん、わかった。待ってるね、お姉ちゃん」
そう言って優しい目で時雨を見つめる雫の顔を目に焼き付け、時雨は目を閉じた。
再び、現実に戻るために。決着を付けるために。
「お姉ちゃんの周りにはもう「闇」しかないのかも知れないけど……、その「闇」の中で何を見つけるか……。光を灯せるかを決めるのは、お姉ちゃん自身だよ。……頑張って!」
暗闇に包まれた時雨の世界で、雫の優しい声がそう、最後に聞こえた気がした。