三つ巴・オーサカ-ブラック・ジェリーその4
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-4年前-
霧雨時雨が通っている高校から帰宅し、家の玄関に入ると、家の中が異様に静かだった。
いつも帰宅すると声をかけてくれる父親と母親。いつもうるさすぎる妹。
人の声だけではない。廊下を歩く音、キッチンで料理を作る音、新聞をめくる音……、生物が生活するための音というものが、一切無くなっていた。
「………」
その静けさに何か危険な物を感じた時雨は、ゆっくりと廊下を歩き、リビングへと向かう。
ギシ、ギシッと言う普段気にしない程小さい廊下がきしむ男の子まで耳の奥に響く。
時雨は自分の吐く息が、段々と荒くなっていくのを感じた。
リビングへの扉は、いつもの通り無造作に開いていた。
あと少し顔の角度をずらせば、中の様子が一望出来る。
しかし、時雨の顔は、首が瞬間接着剤で固められてしまったかのように動かない。
体が拒絶反応を示していた。
リビングの中を見れば、確実に嫌な物を目の当たりにする事になる。
いや、「嫌な物」以上の物に、ぶつかる可能性すらある。
「ふーっ………。」
1度大きく深呼吸し、固まった体を無理矢理動かしてリビングの中に入った。
「…………」
声も出なかった。
叫ぶ悲鳴すらも引っ込ませる……、いや、そこにあった光景は、悲鳴を上げるような物とは別のベクトルのものだった。
まず、家族3人の体は、全てリビングにあった。
3人ともソファーにゆったりと体を預けており、一見しただけでは、特に目立った外傷は見られない。
時雨は妹の安否を確認するためその顔にゆっくりと触れた。
「……っ!!」
すると、妹の顔がカクンと揺れ、顔が前に傾き少し乱れた長い髪の下にある純白のうなじがあらわになった。
そこには、5センチほどの切り込みが入っていた。
薄い皮膚の下に隠れた赤い筋肉が見え、その下にはゴツゴツとした白い骨が覗いている。傷は小さいが、かなり深く切り込まれている様だった。
時雨は妹の死体を見ながら冷静に分析している自分にゾッとしつつ、ある疑問が頭に浮かんだ。
(ここまで深い傷……。大量の出血があったはずなのに……、床も何も汚れていない……)
そう思い周囲を見回すと、ソファーの前に設置されたテーブルの上に5つのコップが置かれていた。
そこには赤黒い液体が並々と注がれており、表面張力のおかげかピッタリと溢れるギリギリで止まっている。
「まさか……」
時雨が液体に指を浸けると、赤い液体はねっとりと指にこびりついた。
間違いない。
「これは……血……」
時雨の頭の中に、ある予想がじわりと現れた。
(そういえば、妹の後ろ髪が乱れてた……。まるで、無理矢理髪を掴まれたように……)
そしてその下に、切り傷があった。
つまり、妹は髪を無理矢理掴まれ、うなじを切られて殺された。
そしてその傷から出た血は、コップの中にジュースの様に注がれたという事。
まるで、家畜の血抜きのように。
そして両親のうなじを見ると、やはり同じ切り傷が入っていた。
「殺されたのか……?誰に……」
誰と言われれば、おそらく「掃除人」だろう。
ギタイを処分する事を生業とする者達。
(たが……、私の家族はなにもしていないだろう……?人を殺してもいないし、静かに暮らしていたぞ……?)
ゾワッと、全身に何かが走った。
憎悪か、復讐心か、それとも別の何かか。
だが、その瞬間彼女の能力は本格的に目を覚ました。
空気にのり、今まで感じた事の無い匂いが、彼女の鼻に届いた。
(この「匂い」が……、私の家族を殺した「匂い」なのか……?)
取り敢えずの「疑問」だった。
自分で自分を止めるための「疑問」。
自分を復讐鬼に堕とさないための「疑問」。
しかし、奥底にあったのは、匂いへの「確信」だった。
(この匂いは……、私の家族を殺した者の「匂い」だ……。わかる、理屈じゃない。「体」でわかった。本能でわかった……)
次の日、時雨はガブの門を叩いた。
1人では、この復讐は達成出来ない、組織の力が必要だと頭の冷静な所で時雨は知っていた。
何かに引き付けられる様に、吸いつけられた。
これもまた、彼女の「本能」だった。