黒い正義と流動する者その13
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才賀の体は、一瞬で燃え尽きた。
先程まで彼のいた場所には、黒いすすの様な影だけが残り、それだけが彼がここに居たことを証明していた。
そこから先の事を、黒鱗はだんだんと普段の調子に戻って来た脳ミソで確認していた。
まず、床に落ちていた小さな手が、ぐにゃぐにゃとこね繰り回されるスライムの様に動き、個室の中に戻っていった。
そしてしばらくすると、バン!と、こちらも猛烈な勢いでドアが開き、そこから高校生くらいの地味な青年が現れた。
「っ……あっ!あーあ、やっぱりきたねぇな、トイレの管の中は……。あー、もう、臭ぇよ服……。着替え多めに持ってきといて良かった……」
よく見れば、青年は体からポタポタと水を滴らせ、髪はペットリと濡れていた。
「ってっ!?おおおっ!?!?おい!おい白金!!大丈夫か!?」
そして青年は、床に倒れた白金を見つけると、慌てて彼を助け起こした。
「って……、まぁ、まぁ落ち着け……。主な出血場所は……、この脇腹の穴か」
少し慌てていた青年だったが、直ぐに冷静さを取り戻すと、白金の傷痕を発見し、そこに右手を重ねた。
「俺の能力が本格的な治療に使えるとは思わんが……、まぁ、応急措置程度にはなるだろ……」
そう言うと、青年は少し白金の傷痕に重ねてた右手に力を入れた様に見えた。
(何かが……始まる……)
黒鱗は直感でそう悟った。
すると、青年の右腕が、はたから見ていても分かる程「流動」した。
肌の材質が、まず変わった様に思えた。
固まっていた氷が溶かされ水になったような……。とにかく、青年の右腕は、スライムの様にヌルンと、白金の傷口の中に入って行った。
「うっし、これで一応止血出来たか……?何分始めてだからわからんぞ……?」
どうやら、今の治療の様に見えた行為は、青年も慣れていない様だった。
(……さて、どうするか……)
そこまで見た黒鱗は、ここからの自分の振る舞いについて考え始めた。
まず、黒鱗の姿は、才賀に使われない限り、常人には見えない。もちろんギタイにも。
才賀日向の能力は、「黒鱗を視認し、使役することが出来る」と言うものだった。
(俺はどちらかと言えば「精霊」の様な存在……。誰かの力を借りなければ白金と接触する事は出来ない……)
不思議な事に、今の黒鱗の頭の中に、「この場からいち早く撤収する」と言う選択肢は無かった。
と言うのも、黒鱗は白金に興味を持ち始めていたのだ。
(日向の「正義」の意思は……、とても俺に理解出来る物じゃ無かったが……。日向自身はそれを信じて疑っていなかったし、実際強かった……。)
それを倒した白金の行く末を見てみたいと、そう思っていた。本当に、彼らなら「ガブ」を潰してしまうかも知れない。
その時だった。
黒鱗に幸運か、不運か。
トイレの入り口のドアが、キィィと開いたのだ。
(そうか……、俺の能力が切れたから……)
「えっ!?ちょまずっ!!このタイミングは……!」
白金を見ていた青年は、慌てて白金を隠すようにその上に覆い被さった。
そして開いたドアの隙間から顔を見せたのは、10歳くらいの少年だった。
(……、少年!すまんがその体、貸してもらうぞ!!)
黒鱗は少年のまだあどけなさの残るその顔に少し躊躇したものの、その体を乗っとるべく、少年の耳の中に飛び込んだ……。