黒い正義と流動する者その12
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また、ゆっくりと自動的にしまった個室のドアの下には、確かに小さな、小さな、人間の右手が、手首から切り落とされる様な形で、ポツリと落ちていた。
「かっ……、こっ……、そんな……そんなそんなそんなっっ!!嘘だろう!?!?」
才賀が髪を掻き乱しながら絶叫する。
そこには先程までの冷静さは後片も無い。戦闘慣れしていない素人以下の人間でも、ここまで動揺するか。それほどの物だった。
「おっ、落ち着け日向!このトイレの出入口は今も俺が防いでいるし、最初入った時にも誰もいなかった事を確認しただろう!?。」
黒鱗は才賀を落ち着けるため必死に声をかけたが、才賀にその言葉は届いているのか。ブツブツと小さく何かを呟きながら、じっと床に落ちた右手を見ている。
(くそっ……!駄目だ。多分あそこに落ちている「手」は、普通の物じゃない……。「何か」がある……。だが、日向にとってはこれでも絶大な効果……)
昔、才賀は1度だけ、戦闘中近くにいた一般人を傷付けてしまった事があった。
その時もかなり動揺、発狂し、仲間の一人の能力で「記憶を改竄」する事で何とか事なきを得た。
つまり、そう言う事なのだ。
才賀にとって、関係の無い者を傷付けてしまうことは、記憶を変えなければいけない程、深刻なダメージ。
「いっ……いいっ……。ぎぃ……」
さらに、才賀の精神が異常な程動揺してしまった性で、能力が上手く使えず、黒鱗の姿は大剣から元の球体の様な姿に戻ってしまった。
そして、「不運」と言うのは、都合の悪い時ほど「連鎖」する物で。
「ごっ……かぁぁっ………!」
爆発的な殺気が、黒鱗の肌を撫でた。
見れば、血の海の真ん中で、倒れていた白金が、片足を立て、姿勢を無理矢理建て直しつつあった。
「何かわかんねーが……、ごっ……、チャンスみてーだな……」
全身から血を流し、何とか炎をまといながら立ち上がるその姿は、地獄の炎を得て舞い戻った鬼神。
その姿は、黒鱗に「死」と言う絶望的な未来を予感させてしまう程の圧力をもっていた。
そしてその未来は、そう遠いものでもない。
バシャ!と血で濡れた床を勢い良く蹴る音が、黒鱗の耳の奥まで響いた。
「日向っ!!不味いぞっっ!!」
そう叫び体の形状を変化させ、体を動かそうとした黒鱗だったが、自分の体が上手く動かない事に気付いた。
(これは………、日向っ!!)
黒鱗は驚愕に目を見開き、才賀の顔を見た。
そこには、無気力な目があった。
小さく動く唇。白金の爆炎で乾燥した室内のせいか、少しひび割れた唇には、生気と言う物が感じられなかった。
そしてその顔は、こう言っていた。
「死なせてくれ」
「………っ!!」
その言葉が伝わった瞬間、黒鱗は喉に何かがつまった様に息が苦しくなり、上手く言葉を発っせなくなってしまった。
(ふざけんな……!ふざけんなよっ!日向っ!!おまっ、お前の正義は……、こんな簡単に折れ……、いや、それよりも……)
大門桜を守ると言う、お前があれほどまで目を輝かせて俺に語った事を、諦めるのかよ……。
「ひなっ……、たっ……」
その声が才賀に届く前に、才賀の体が白金の炎に飲み込まれた。