黒い正義と流動する者その11
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「ごぶっ……!」
白金の全身にじわじわと広がる、焼けるような痛みと同じ様に、きぃぃ、と音をたてながら、ゆっくりと個室のドアが自動的に閉じて行く。
(しっ……まった……)
激しい痛みに体が耐えられず、飛んで行きそうになる意識を何とか保ちながら、白金は再び立ち上がった。
(俺のこの能力の明確な弱点は、左半身がほとんど無防備だという事……。こりゃまずったな……)
右半身にまとった赤々と燃える炎と対象的に、白金の右半身は脇腹からドクドクと池を流し、どんどん活力を失って行く。
「はあっ!!」
「!っつ……!」
そしてこの白金を倒す好機を、才賀は逃さない。
間髪入れず頭の上に止めていた大剣を振り下ろし、白金を攻撃する。
それを白金は横に転がってかわし、床に血を撒き散らしながら、何とか才賀の一撃をかわした。
続けて才賀は振り下ろした大剣を一瞬で持ち上げ、白金を狙い横に振るった。
「うおっ!」
白金は頭を下げる事でその一撃をかわす。
かわしてはいるが、白金は動けば動くほど、脇腹の傷から血が吹き出す。
(くそ……、視界がぼやけて……)
白金は自分の血でいつのまにか出来上がった、赤い血の海の真ん中にゆっくりと沈んで行っていた。
パシャリ、パシャリと、白金の四肢が血に濡れるたび鳴る音が、死神の足音の様に聞こえる。
(やべぇ……、とにかく日田に連絡………)
そこまで考えた所で、白金の視界は暗転。意識が途切れた。
それは、才賀にとって見慣れた光景だった。
血の海に横たわり、沈んでいく敵と、それを見下ろす自分。
やはり、正義が勝つのだ。
才賀は何度目かもわからないそれを確信し、ゆっくりと白金に向かって歩を進める。
ピチャリ、ピチャリと、靴の底が血で濡れる音を聞きながら、才賀は自分の能力……、もとい相棒の黒鱗の事を考えていた。
黒鱗は、自分と才賀は思想的な所からも、決して相容れない存在として、一歩引いた関係を続けていたが、才賀にとっては、黒鱗は天から与えられた、唯一無二の相棒だった。
彼のおかげで、傷付けなくて良いものを傷付けなくてすむ。狙った「悪」だけを、確実に倒す事が出来る。
現に今も、トイレを一切傷付ける事無く、白金をここまで追い詰めている。
床に流れる血は、少し水で洗い流せば目立たなくなるだろう。
「ありがとう、黒鱗」
才賀は自分の胸の中にある感謝の気持ちをそう口にすると、白金の首元に先程までより勢い良く大剣を振り下ろした。
次の瞬間、信じられない事が起きた。
白金の前方にあった個室のドアが再び開き、日田を守る様にして白金の前に割って入ったのだった。
(なっ……!不味い!このままでは、このドアを切り裂いてしまうっ……!)
才賀は自分の腕を必死に止めようとするが、もう遅い。
大剣はドアを豆腐の様に真っ二つに切り裂き、床にぶつかるスレスレで、動きを止めた。
「っ……あっ……がっ……!」
そして、静かに悲鳴の様な声を上げたのは、白金では無く、才賀だった。
才賀の顔色はみるみる衰弱し、青ざめていく。
大剣を握っていた手がビクビクと痙攣する様に動き、カランと乾いた音を立て、才賀は大剣を落としてしまう。
「………何だと……」
そしてなぜ才賀が動揺しているのか、その身を大剣に変えドアを切り裂いた黒鱗は理解していた。
黒鱗がドアを切り裂いた時、彼に触れた感触はドアの硬く冷たい無機質な物だけではなかった。
暖かく、柔らかい。そしてすこし硬い部分もある……。
その大きさ、感触。そして温度。
間近で触れた黒鱗は、才賀よりも早く、その事実にぶつかった。
才賀がドアと共に切り裂いたのは、人間の手……。それもまだまだ成熟していない、4歳児程度の物だった。