黒い正義と流動する者その10
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狭いトイレの中で、刀身の大きな大剣を自由に振ることは難しい。
壁に激突し、威力が減衰してしまう可能性もあるし、何より外した時の隙が大きい。
さらに一定の距離を保ったまま、才賀が大剣の間合いで戦って来るかと思っていた白金には、迷いなく距離を詰めてきた才賀の行動は、一瞬、理解出来ないものでもあった。
しかし次の瞬間、白金は自分の間違いを痛感させられる。
才賀の大剣は、ただの大剣ではない。
「黒鱗」によって作られた、特別製だった。
才賀が右下から左斜め上に振り上げる様にして白金を切り裂こうと剣を振るう。
すると 大剣は一瞬グニャリと形を変え、床にギリギリぶつからない様に刀身を調整。
そして才賀が振り抜くと同時に、その黒くぎらつく刃を目一杯広げ、白金の命を狙う。
「しっ!」
しかし、白金に刃の伸縮によるフェイント、タイミングを乱す事は通用しない。
白金は自分の「死線」……。死につながる攻撃の軌跡を見る技術により、狭い空間ながら才賀の攻撃を読み切り、確実にかわしていた。
(っつても、あの大剣。一撃でも喰らえばアウト……。全部かわすしかねぇ……!)
ビュン、ビュンと言う風切り音を起こしながら、自分の目の前を通る大剣に、恐怖で足がすくんでもおかしくは無い。
しかし、白金はそんな恐怖を押さえつける技術も、既に会得していた。
そしてそれは、白金に冷静な思考と、考える余裕を与える。
(よく見れば……、才賀、異様な程トイレを傷付けて無い……。何か不都合な事でもあるのか?)
白金は、ちらりと視線を動かし、才賀の後ろ、トイレ室内を見回す。
そこにあるのは、とてもギタイ同士の戦闘が行われているとは思えない、普段通りの風景。
蛇口に手をかざせば水が出る水道も、レバーを引けば汚物を流し、次の使用者を清潔にして待ち続ける洋式便座も、問題無く使えそうだ。
(後、人が1人も来ないのもおかしい……。おそらく才賀の仕業なんだろうが……。才賀は、人間や施設に被害が出るのを良しとしていないのか……?)
もしそうならば、それは異常な程に高潔、「正義の味方」の様な思想。
いや、特撮物のヒーローだって敵と戦えば辺りに被害を出す。その点で言えば、才賀は「正義の味方」を上回っていると言っても良いだろう。
(………試してみるか……)
白金は少しずつ後退しながら、近くの個室のドアの下の隙間に足を入れ、思いっきり開いた。
「!」
突如、白金と才賀の間に現れた壁が、両者の戦いに一時停止をもたらす。
そして確かに、目の前にドアが現れた瞬間、才賀は振り上げた大剣を振り下ろす事を中断したのを、白金は見た。
(やはり……!才賀は、目標としている俺以外を必要以上に傷付けるのを拒む……!)
しかし白金は、自分の仮説が正しいと立証された代償を払う事になる。
現在、白金と才賀の間には、トイレの個室のドアが壁の様になって挟まっている。
それはつまり、才賀の動きが白金には見えない。「死線」が使えない。そう言う事だった。
(……っ!しまっ……)
白金がその事に気付いた時には、もう遅い。
白金の左脇腹。炎をまとっていない方の半身に、鞭の様に姿を変えた黒鱗が深々と突き刺さっていた。