才賀日向と黒鱗
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通話が終わった携帯端末が、小さなテーブルの上にポツンと置かれている。
ここは、兵庫県のとあるホテルの一室。
ベッドとテレビ。そして小さな冷蔵庫とユニットバスと言う生活に最低限必要な物だけで少し窮屈に感じる部屋で、命令を受けた才賀は1人ベッドに転がっていた。
いや、正確には1人ではない。
才賀の黒く艶やかな髪の隙間から、影の様な物が盛り上がり、直径30センチ程度の球体を形作る。
数秒すると、球体の真ん中に音もなく小さな亀裂が入り、縦に広がっていく。まるで、人間が目覚める時に瞼を開けるように。
そして、その下から覗いたのは、人間とさして変わらない目玉。
続いて同じようにして、口も作られた。
「いやー……!また面倒ごと押し付けられちまったなぁ!日向ぁ」
才賀を下の名前で馴れ馴れしく呼ぶ黒い球体。
才賀とこの球体の付き合いは、始まってから既に15年は経過している。
何故なら、この球体は才賀のギタイとしての能力の一端だからだ。
才賀が物心付いた時には、既に隣にいた。
「面倒じゃないさ。これも大門さんや桜様のためだ。」
「おーおー……。格好いいこって……。それも「正義」っつーやつかよ?」
「ああ。桜さまは間違いなく「正義」の道を歩んでおられる。その道を守る事が俺の役目であり、それも「正義」だ」
「へぇ……」
長年才賀に付き添って来た黒い球体……「黒鱗」は知っていた。才賀は幼い頃から正しい行いをしたいと人一倍思っており、その思いは、今も弱まるどころか未だ炎の様に燃え盛っている事を。
(普通だったら警察官か掃除人にでもなったんだろうが……)
あいにく才賀はギタイだ。人間の仕事をすることは困難を極める。
「んじゃまぁ……、何時くらいにここを出る?今すぐか?」
「いや、恐らくもう少ししたら調整人がやって来そうなルートの情報が送られてくるだろう。それまで少し待つ。……まぁ、少し寝るかな。これから激戦が予想されるし」
そう言うと才賀は頭から布団をかぶり、直ぐにイビキをかいて寝てしまった。
「……そうかい、まぁ、頑張りな」
そう言うと黒鱗も、ヒュルッとつむじ風の様に回転し、影に戻った。