旅の始まり:start
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手にこびりついていたのは、拳を叩き込んだ時に感じた、速水の細い体の柔らかい皮膚と、硬い骨の感触。
間接的にでも、速水を殺すと決め、白金に味方した。
もう、傍観者では居られない。
殺し、殺される。血で血を洗う世界に、片足を突っ込んでしまったのだ。
日田の手は、少し震えていた。
恐ろしさや後悔。そう言った負の感情からではない。
人生を変えてしまう程の決断を、行えてしまった「行動力」。
自分には無いと思っていた可能性を、見てしまった。
「……日田。中々ナイスなタイミングだったが、大丈夫か?」
震える手を見て動かない日田を見て、白金が恐る恐る声をかける。
「……あ、ああ。問題無い。大丈夫だ」
「そうか………」
白金は日田のその答えに、少し不安を覚えたが、その事は口に出さなかった。
(目の前で同種が死んだんだ……。俺が言えた義理じゃ無いが……。普通、大丈夫なはずが無い。)
「しくらあざみ」……。殺人鬼の息子故か。
(いや……そんな考えは止めよう……)
「恐らくだが……、速水が死んだ事は向こう側……、他のボディーガードにも伝わっていると考えていいだろうな。つっーわけで、なるべく行動は速く起こす。」
白金は頭の中を切り替えて言う。
「今日の深夜12時。学校の正門前に集合だ。それまでに旅の準備しとけ。もう家に戻らなくて良いくらいのな」
「お……おう。わかった」
「死体は俺が片付けとく。お前はもー帰れ」
そう言うと白金は手を縦に振り、シッシッと言うように日田に屋上からの退出を促した。
田んぼを埋め立てて作られた中型のマンション。
その3階の一室が、日田の部屋だ。
「ただいま」
その声に返す声は無い。ただ虚しく空っぽの室内に響くだけだった。
日田はソファーにカバンを投げ捨て、部屋の隅に置かれた小さな仏壇の前に行く。
そこに置かれた写真には、柔らかな笑顔で写る、黒いロングヘアーの女性。
「……母さん。俺、ちょっと家開けるよ。……父さんが何処にいるか……。その手掛かりが掴めそうなんだ」
日田はその前に静かに座り、まるでそこに母親がいるかのように話かける。
「母さんは……もし生きていたら止めてたかな?俺の事……」
カタン、と言う音と共に、ソファーに置いていたカバンがずり落ちた。
「………それじゃあ、行ってくるよ。……また、戻って来る」
そう言って日田は手早く荷物をまとめると、普段道理、1人分の食事を作り始めた。