プロローグ2
「ん…?」
目を覚ますと不思議な空間にいた。
真っ白で明るく、どこまでも無限に続く白い空間。そのあちらこちらに見たこともない美しい世界が切り取られてモニターのように映し出されている。
でも、なんとなく、不思議と懐かしい気がするような、そんな光景ばかりだった。
(まるでファ〇コンとか、そういうゲームをプレス〇みたいな綺麗な映像にリメイクしたみたいな風景だな…)
不思議な球体が浮かぶヘンテコな山、そして、ネ〇シーの頭のようなものが湖面に生えて動いている湖。
ほかにもトカゲのような生き物がチョロチョロしている火山に、パクッと飲み込まれてしまいそうな大きなサメみたいな生き物までいる綺麗で、でも怖い海の底。
シカみたいな生き物が跳ねて駆け抜けていく大草原のような光景もある。
僕がそれに見惚れていると、ふと、女の日との声が掛けられた。
「あら、坊やも亡霊かしら?」
「え!?」
驚いて振り返ってみると、不思議な女の人が――いるわけもなく、その代わり、この白い空間を揺蕩うように純白の白い蛇のような生き物がいた。
その背には八枚の白翼。見たこともない白い蛇だった。
「…神様?」
僕が呟くようにそう言うと、八翼を背負った白い蛇はのんびりと空間を泳いで僕の前まで泳いでくると、目をまっすぐに覗き込んできた。その目は綺麗なオパールのようだ。
「坊やが初めてだわ。私のことを見て臆しなかったのは」
それとも状況が飲み込めていない? と楽しそうに笑ったその白い蛇は彼の前でとぐろを巻き、ゆっくりと彼を見おろした。
「まあ、どちらにせよ、あなたは死んでしまったの。でも、重力の影響かしらね? 元の世界から幸か不幸かはじき出されてしまった魂となった」
「…僕は元の世界に戻れない?」
僕が噛みしめるように尋ねると、その蛇は大きく頷いた。
「ええ。飛び降り自殺者に多いのよね。重力と相まって、衝撃で魂が弾き飛ばされ、座るべき椅子を失って異世界に流れ出すっていうのは。それか…車って言ったかしら? あの、四角い箱に勢いよく轢かれて、同じように魂がぶっ飛ぶケースも多いのよ。特に『異世界転生願望』があると、簡単に世界を手放すってハナシよ?」
「ええっ!? 僕は別にそんな…」
慌てふためく僕を余所にその蛇はとぐろを解いて泳ぎ、僕の上を通過した。
「そうかしら? ドラゴンみたいに強くなりたかったんでしょ? ただ、あなたがドラゴンに転生しても前世と同じ末路を辿るだけだと思うし、そうしてあげないけど」
「別にドラゴンになりたいわけでは…」
僕は戸惑っていると、その蛇は今度、僕の後ろを泳いで僕の下を滑りぬけた。
「ドラゴンと関わりたいなら私の世界にも合うでしょう。どうかあなたの優しさを忘れさえしなければ、きっと彼らも応えてくれるわ」
「あのっ、チートって貰えるんですか?」
ラノベ展開的なそれがあるのかどうか知りたくて思わず身を乗り出した僕だったが、その蛇はやや冷たい顔をして僕を見据えた。
「異世界から流れてきた転生者に優遇しなくてはいけない理由は何? 残念だけど、チートは与えられないわ。前に大きな力を与えて、世界を荒らしたくさんの人を傷つけて、若い娘を手当たり次第に襲った最悪な男がいたの。――それ以来、凡人にはそう言うスキルなんて与えていないのよ」
「そう、なんですね」
「ああ、あなたに罪がないのはわかっているわ」
「罪…」
僕は清廉潔白な人間じゃない。そう考えると、この蛇神様の言葉はもっともだ。
だって、僕は卑怯なことにいじめの矛先を恩人に擦り付けて逃げるような弱虫でへっぽこのクズだから。
すると、蛇がにゅるっと空間を泳ぎ、僕の傍に顔を寄せて大きな舌でぺろりと顔を舐めた。いつの間にか涙が零れていた。
「でも、気が付いたじゃない? 間違いに気づく勇気はとても大切なことなのよ」
そう言うと、その蛇は再び僕の前にやってきて翼を大きく広げた。まるで、その姿は古の蛇の神、ケツァルコアトルや、ヴァジェットのようだ。
いや、それよりもはるかに神々しいかもしれない威光に溢れているように僕には見えた。
「まあ、ちょっとしたサービスに前世よりはその冴えない顔をハンサムにしてあげるわ。私はその冴えない顔も好きだけれども、イケメンにするとみんな喜ぶから」
「そ、そりゃあ嬉しいですけれど…」
「まあ、超絶イケメンなんて神の力で生み出せるものじゃないけどね! あくまで人の中の柵でハンサムなお顔だから、よくわからないのよ」
そう言うと、龍の咆哮をとどろかせた。
「私の導きがなくとも、あなたはあなたを必要としている時代に転生するでしょう。せめてものお守りを与えることはできるけれど、私の力なんてなくても強く生きて」
「…神様のことをなんて呼べば?」
僕がそう尋ねると、その蛇は小さく笑った。
「何をもって神様というの? なんてね。――我が名はシャルフィーリア。オルトアを守る守護神ってところかしら。人々流に言うとそう」
「シャルフィーリア」
言葉を反芻した僕にシャルフィーリアは優しく微笑んだ。
「すべてはあなた次第よ、久志君。来世ではキチンと仲良くできるといいわね」
その言葉を聞きながら彼はゆっくりと眠りへいざなわれていった。