プロローグ1
御伽噺の世界で大暴れ。姫様を攫い、宝物を盗んで蓄え、その強力な炎で焼き払い、鋭い強靭な爪牙で人々を蹂躙する悪いやつ。
それでも、何も恐れるものはなく、勇猛果敢に戦い、死さえも恐れない。
そして、その大きな翼で世界を飛翔し、どこまでも大いなる空を駆け抜けていく。
僕はそんなドラゴンを妄想するのが好きだった。
僕にはない勇気や強さを持っているドラゴン。現実の世界には存在しないと言われる空想世界の生命体。
それでも、物語の世界では奪うだけじゃなく、人々を導いたり、協力して共に生きることだってある。
僕には武器を持っている他人に立ち向かう勇気もないし、そんな力や技術があるわけもない。ただ、睨まれれば逃げ出して、下手に刺激しないように腰を低くして、命令に近いお願いをされたら逆らうことさえできない弱い人間だ。
虐められて悪口を言われたり、教科書に落書きをされたり、上靴を隠されて、頭から水をぶっかけられても僕がナヨナヨしているのが悪くて、抵抗するだけの度胸がないから声を上げることさえできない。
おまけに、それを見かねて助けてくれた優しいクラスメイトさえ信頼できなくて逃げ出し、結果的に見捨ててしまうような最低なクズ。
勉強だって出来ないし、運動神経も悪くて逃げ足だけは辛うじていいけれど、それ以外は全然できない。
信頼する友達もいなければ、助けてくれた恩人を結果的に見捨てて、その彼が虐められるようになったら見て見ぬふりをする側に立ってしまった最低のやつだ。
僕がドラゴンだったら、こんなに弱い僕でいなくてもいいのかもしれない。
何度だってそんなことを考える。
でも、心のどこかで自分が対象から外れてよかったと、安堵している僕がいる。そして、助けに行こうとする勇気もない僕がいる。
怖くてヘタレて、いつも、恩人の彼に意気地なしとけなされることを恐れて、もう一度虐められたくないからずっと、このままでいてくれと考えてしまう僕がいる。
いつも逃げ腰で、隠れるように屋上で弁当を食べる。
そんな僕の前に彼がもう一度現れるまでは、ずっと隠れるように生きていることになった――はずだった。
☆
その日の昼、僕が屋上へとやってくると、すでに先客がいた。
「あれ? おかしいな…鍵を掛けたと思ったんだけど…」
疲れ切った顔をした恩人の彼だった。
「皆川君…?」
か細い声で僕が絞り出すと、彼は遠い目をしてニコッと笑った。
「久志さぁ、お前、いつになったら周りと距離を縮められるんだよ? せっかく仲良くなれるチャンスだったのにさ?」
「え?」
「お前はほら。悪い奴じゃないんだから、もっとみんなと仲良くしろよな。俺はもう疲れちまったけど、お前ならちゃんとできるだろうに」
「えっ? ええっ?!」
戸惑う僕を余所に彼は手すりに手を掛けて、身を乗り出した。
「そーいうわけで、さよならって奴だ」
手すりに足を掛け、そのまま身を乗り出した彼に僕は夢中で飛びつき、必死に引きずりおろそうとした。でも、彼の方が力が強くて、突き飛ばされて尻もちをついた。
でも、肩に引っかけていた弁当バッグを放り投げて食らいつくように胴へ腕を回す。
「ダメだよ! 死んじゃったら何もなんないよ!」
「悪いけど、俺は疲れちまったんだって。久志こそ、邪魔するなよな」
「絶対に諦めてくれるまで離さない」
必死に押し合いへし合いしていた僕たちは、ふと、どちらかがバランスを崩したことに気が付いた。そして、気が付いた時には視界がぐるんと回って地上へ向かい、急速に加速していたんだ。
「「うわああああああぁぁぁっ!!」」
翼があったなら。
そう、翼があったなら助かったのかもしれない。
だけど、僕たちは地を這う人間に過ぎなかった。僕は地上に落ちるわずかな間に、彼が何かを叫んだ声が聞こえた気がしたけれど、でも、悲鳴ではなく何かの言葉を言っていたのに聞き取ることができないまま地面に吸い込まれていった。
そして、僕たちは一瞬にして星になった。