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手も繋げないほど君が好き。  作者: 土井士郎
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プロローグ『死者再臨』

 父が言うには、霊というものは全て、現世に未練のある者の行く末らしい。どんなに小さな未練でも、どんなにくだらない未練でも、その者にとってどれだけ大事なことなのか、が重要だそうだ。


 僕が平凡な人間であったなら、戯言を吐くなとその言葉をさらりと流してしまえたのだが、父はある程度名の通った除霊師だった。そんな父の血を継いだ僕も、除霊師の後継者として育てられた。5歳頃だっただろうか。僕はとうとう霊が視認できるようになり、一人前の除霊師となってしまった。周りに霊のいる生活を当たり前として、僕は高校生になった。


 父は除霊師として僕を育てたが、それは別に僕に除霊師になれと強要していたわけではない。父は体質的に悪霊が集まってくるという悪質な現象に見舞われていたため、僕に自衛の術を覚えさせ、もしものことがないように保険をかけたかったのであった。あわよくば、という思いはあったのかもしれないが、そういうわけで僕の生活自体は一般の人間と大差ないものであれた。


 霊が見え、除霊の術があるという点を除けば、僕は普通の高校生らしい高校生だ。僕は平凡な、楽しい日々を送っていた。そんな中で、ついに僕にも春が訪れた。


「その、えー、つ、付き合ってください!!」


 意中の相手に告白され、彼氏彼女の関係になれたのだ。なんと素晴らしいことだろう。あの頃の僕は舞い上がりに舞い上がって、風呂場で大声で歌って父に怒らる毎日を繰り返していた。それくらい、僕は幸福感で満たされていた。だから僕は、気付けなかった。




 禍福は糾える縄のごとし。




 悪霊だけじゃない。恐ろしいものは、日常にだって潜んでいる。


 放課後、彼女を迎えに向かった教室で、僕は凄惨な光景を目にすることとなった。





 ====================






「は……?」


 その光景を前にして、さっきまでのふわふわした心持ちは何処にやら。僕はただ、惚けてその場に立ちつくすことしかできなかった。


 目の前にいるのは、僕の彼女——莉奈(りな)だ。今の僕にとって1番大切な人で、代わりのいない唯一無二の存在。その彼女の頭を、目を、鼻を、首を、胸を、腹を、手を、足を——。彼女の上に覆い被さる女が、ナイフでメッタ刺しにしている。

 保護欲をそそるつぶらな瞳は目も当てられないものとなり、綺麗な長い黒髪も今は紅く染まってしまっている。もはや莉奈は、原型を留めていなかった。よく目立つ泣きぼくろが、僕にそれが莉奈だと確信づけさせた。

 そこまでしてなお、女はナイフを一心不乱に振り下ろし続ける。その鬼の双眼には、きっと自身の覆いかぶさる人物以外は何も入らないのだろう、その手が止まる気配はしない。何がどうなっているのか、僕には理解しようがなかった。


達也(たつや)……くん……?」


 突然、自分の名を呼ばれて、固まっていた僕の体が反射的にそちらを向く。僕の名を口にしたのは、この惨事を引き起こした張本人である女だった。僕は、この女の顔に見覚えがあった。そう、この子は確か、隣のクラスの女子の1人だ。


「違う、違うの……!」


 莉奈に突き立て続けられていたナイフは、女が僕に気づいた途端あっさりと止まった。狂気に満ちた顔は涙で濡れ、憑き物が取れたかのように様変わりしている。

 引き戸の前で仁王立ちする僕を見た彼女は、涙を拭うと、嗚咽を吐きながらも教室の窓を開け、そこから逃げていった。とてつもない緊張から解放された僕は、その場に座り込んでしまった。


「あの子が、莉奈を……?」


 霊には、異形の姿のものが稀にいる。過去にそれを見る事があったせいか、僕が莉奈()()()ものを直視しても、吐くまでには至らなかった。けれども、流石に平常心を保つ事はできなかった。僕の大切な人は、僕の知らない内に、今や肉塊と化してしまったのだ。


「莉奈……!」


 虚無感。やっと体は動くようにはなったが、動こうと思う気にはならない。僕は、ただただ彼女の死に絶望した。眼前の光景から目を逸らすこともなく、一滴の涙も流すことなく、そこに居続けるだけだった。


 どう足掻いてもこの事態は予測不可だったのは理解している。そのはずなのに、何か出来たはずという根拠のない後悔が、僕を心の中で責め立てる。[後で悔やむ]から、後悔。今の僕に出来ることは、何もなかった。




 ふと、僕は彼女の身体から、薄い青色の、煙のようなものが生まれ出ていることに気づいた。それを見て、僕の思考を停止していた脳は覚醒した。それは、僕のような人間にしかわからない現象で、そして残念ながら、紛れも無い莉奈の死の証明だった。けれども、僕の心は歓喜で満たされていた。なぜなら、また彼女と話す事ができるから。死んでしまった彼女と、話す事が出来るから。


 煙は徐々に増えて形を成し、1人の女子の形に落ち着いた。




『タ、タッくん……?』

「ああ、そーだよ」




 今この時程、除霊師でよかったと思えたときはない。あまりの感動から、僕は何度も袖を絞った。つぶらな瞳に、綺麗な黒髪。泣きぼくろはご愛嬌。その物体の姿を、僕は知っている。忘れはしない。だって君の姿だから。




 この日、僕の彼女は殺された。そして、彼女は霊となって、現世に再臨した。

あまり余裕がないゆえ、だらーっと書いていきます。よろしくです。

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